粟立あわだ)” の例文
コンクリートのゆかが、妙にビンビンして動脈がみんな凍ってしまいそうに肌が粟立あわだってくる。酸っぱい酒の匂いが臭くて焦々する。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
合点が行ったら八万四千の。身内の毛穴がゾクゾク粟立あわだつ。そんじょ、そこらの地獄の話じゃ……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それはちょうど、毛虫の嫌いな者が衿首えりくびへ毛虫を入れられでもしたような、しんそこ肌が粟立あわだつという感じであった。
そこで自然の成行きに任せて裏門から逃げ出し、ちょっとのに彼はもう土穀祠おいなりさまの宮の中にいた。阿Qは坐っていると肌が粟立あわだって来た。彼は冷たく感じたのだ。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
二重ふたえ玻璃窓ガラスまどをきびしくとざして、大いなる陶炉とうろに火をきたる「ホテル」の食堂を出でしなれば、薄き外套がいとうをとおる午後四時の寒さはことさらに堪えがたく、はだ粟立あわだつとともに
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
まったくその絵が絵として眼に映ると、彼の背筋がきゅうにぞくぞく粟立あわだってきた。なぜか恐ろしさと恥しさとに打たれて、彼は棒立ちになった。子供たちもまた緊張して声をのんだ。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
下には直ぐに、薄桃色の曲線と、円味まるみを持ったおもてとが、三十年近く生きて来て、たるんでいた。毛穴が、早春の地中海の夜気を呼吸して、全体をすこし粟立あわだたせているように、私は観察した。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
それなのに宇治の背中は追手をひしひしと感じて粟立あわだち始めて来たのだ。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
私は咄嗟とっさの間に、わざとらしい豪傑笑いをした。トタンに横腹がザワザワと粟立あわだって、何かしら悲痛な熱いものが、胸先へコミ上げて来るのをグッとみ下した。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それが卯兵衛だということはわかっていながら、とびあがりそうになり、全身が粟立あわだった。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
純一はたちまち肌の粟立あわだつのを感じた。そしてひどく刹那せつな妄想もうそうじた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そんな風に、急に気軽く砕けて来た軍医大佐のあたたかい笑い声を聞くと同時に、私の全身がゾオッと粟立あわだって来た。頭の毛が一時にザワザワザワと逆立さかだち初めた。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
冷たい手でふいに背筋をでられでもしたように、肌が粟立あわだつのをはっきりと感じ、われ知らず立ちあがって妻のほうへいった。ふさは過去のことを思いだしたのだ、と彼は直感した。
その木戸を通って (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……背筋がヒヤリとすると同時に全身がゾ——ッと粟立あわだつ……お尻がチクリとするかしないかに『アッ』と飛び上る……という、それ程左様に迅速敏活を極めているのだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
江戸には珍しく粉雪をまじえた風が、焼けて黒い骨のようになった樹立こだちをひょうひょうと休みなしに吹き揺すっていた。寒いというより痛い、粟立あわだった膚を針でうたれるような感じである。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
肌を粟立あわだたせるまでの経路を考えて来ると、最早もはや、数理的な頭ではカイモク見当の付けようの無い神秘作用みたようなものになって行くのが、重ね重ね腹が立って仕様がなかった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私はいた口がふさがらなくなった。そのまま眼球めだまばかり動かして、キョロキョロとそこいらを見まわしていたようであったが、そのうちにハッと眼をえると、私の全身がゾーッと粟立あわだって来た。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
白々とした女の首や、手足や、唇や、腹部の幻像を、真暗な彼の眼の前に、千切れ千切れに渦巻かせながら、全身が粟立あわだって、クラクラと発狂しそうになるまで、彼の盲情をソソリ立てるのであった。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と思ううちに、全身がゾーッと粟立あわだって来た。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)