眼眸まなざし)” の例文
「連絡? それはあるさ」と帆村は遠くの方を眺めるような眼眸まなざしをして、「まず『獏』は夢を喰いさ、それから『鸚』の方は……」
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老人はぎらぎら光る彼の眼眸まなざしにぎっくりした。しかし、その時、ほんの一瞬間ではあったが、実に奇態なことが起こったのである。
「丹羽さんと吉っちゃんなの?」時子は鏡面から眼眸まなざしをはずして彼女には不似合な、そっとした優しみで二人を流し見た。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
燃え上るような眼眸まなざしで斬りかかって来た女の面影を、話の切れ目切れ目に思い浮かべているうちに酒の味もよく解らないまま一柳斎の邸を出た。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今の眼眸まなざしのうちには、男でも面を向けていられないような情炎が——とびついてくるような熱慾が——歴々火となって燃えて見えたではないか。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし大きからぬ眼眸まなざしけるような愛嬌あいきょうがあり、素朴そぼくではあるが、冒険家の特徴とでも言うのか、用心深そうな神経がぴりぴりしていそうに見えた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そしてながめた、何を? 何物をも、またすべてを、小さな子供に特有なまじめなまた時としてきつい眼眸まなざしで。
そして今朝母親が家を出て行った時の悲しげな眼眸まなざしが、いつまでも目先にチラついているのであった。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
若しかして、豐吉も藤野さんも手を擧げて、私だけ出來ない事があると、氣の毒相な眼眸まなざしをする。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
透き通るような白い手を胸の傷口のあたりへそっとのせ、空へ眼を向けてホンノリと眼眸まなざしを霞ませている。着付でひと眼で知れる。堅気ではない。師匠か、お囲いもの。
音楽がはじまるまでの数瞬間、女はふしぎそうに、怒ったような強い眼眸まなざしの彼をながめていた。
その一年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
彼女は驚いた眼眸まなざしでまたもや私を凝視みつめた。「全く私の思ひ違ひでございましたよ。どうぞ御勘辨下さいまし。どうもこの邊りにはかたりが迂路うろつくものでございますから。」
おどすやうな口調で云はないで呉れよ。」と滝は、怯えたらしい眼眸まなざしでチラリと余の顔色を窺つて、静かにわけもなく、妥協するやうに呟いた。「それもさうだね、仕事に没頭すると……」
西瓜喰ふ人 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
唇をキツト結んで、その眼眸まなざしかばふやうに、暫くその子を眺めてゐたが。
すると黒点が私の貪婪な眼眸まなざしの中に留つた。
責むれば暗き眼眸まなざし
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ゆめ見るごとき眼眸まなざし
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
だが僕は、その運転手が敬虔な眼眸まなざしをもって「深夜の市長」に対するのを見遁がしはしなかった。——僕等はトラックの後へ攀じのぼった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
少年はあざけるように教師を見やった。その眼眸まなざしにはどこか高慢ちきなところさえうかがわれた。グリゴリイはとてもこらえきれなかった。
その眼眸まなざしと、瞳の光りの清らかなこと……まるで深窓に育った姫君のように静かに澄み切って見えましょう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ふと、彼は、彼をみつめている一つの眼眸まなざしに気づいた。生温なまぬるくなった珈琲コーヒーにゆっくりと手をのばして、彼は、同じ窓ぎわの、五、六メートル先きのテーブルのその女をみた。
十三年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
彼はひじをついて立ち上り、尋問し裁断する時に人が機械的になすように、人さし指をまげて親指との間にほほの一端をつまみ、臨終の精力を全部こめた眼眸まなざしで司教に呼びかけた。
豊吉も藤野さんも出来なくて、私だけ手を挙げた時は、邪気あどけない羨望の波が寄つた。若しかして、豊吉も藤野さんも手を挙げて、私だけ出来ない事があると、気の毒相な眼眸まなざしをする。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その顔! おおその眼眸まなざし! 線の太い顔骨の男、新九郎は一目見て、躍り立つばかり仰天した。それこそ、彼が修行に出た第一歩に、したたかな目に会わせられた修験の山伏だ。亀山の城下に
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは得意な眼眸まなざしににこにこ微笑を湛へてる母親なのではないでせうか?
異国人のやうな眼眸まなざしをして
早春散歩 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
スメルジャコフは両手を背後へ回したまま、その前に立って、自信ありげなほとんどいかついくらいな眼眸まなざしで彼を見つめた。
「ああ、君も今それを考えているのか」帆村は憐むような眼眸まなざしを私の方に向けて云った。「鵺なんて文化の発達しなかったときのナンセンスだよ。一九三五年にそんなナンセンス科学は存在しない」
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
黒き眼眸まなざし、茶色めく影睡る腹持たざれば
ただ前と同じような敬虔けいけん眼眸まなざしで老人を見送るばかりだった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)