的場まとば)” の例文
「思い出した、お広芝ひろしばじゃ。本丸の的場まとばのある平庭ひらにわじゃ。向うを見い、弓小屋があり、茶亭があり、そして的場の土手が見える……」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
多可郡(私は今もってタカノコオリとよばないと他所のような気がする)の的場まとばという所に、有名な式内社がある。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そしてこの会に講師として招かれ東京から赴いた私は、伊吹山下の坂田郡春照しゅんじょう村での一旧家的場まとば徹氏の邸に宿した。
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
そのゝちひそかに詮議いたし候へば、かの図書と云ひしは薬師寺が臣的場まとば左衛門と申す者の一子にて候。母は桔梗の方の乳人めのとにて候間乳兄弟ちきようだいになり候。
そうしてズンズン的場まとばの板のところへ進んで行って、白墨で粗末な人形を一つかいて置いて、十歩の距離に立戻り
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そんなですから人の不幸にも同情する気持が強くて、惜し気もなく金を出して下すったのでした。その人は本郷の済生学舎の近くに的場まとばを遣っていられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
桂橋を渡り、旅館のあいだを過ぎ、的場まとばの前などをぬけて、塔の峰の麓に出た。ところどころに石段はあるが、路は極めて平坦で、雑木ぞうきが茂っているあいだに高い竹藪がある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
伊東新左衛門が危篤だと聞いたとき、甲斐は的場まとばで、式部(宗倫むねとも)と弓を引いていた。
「ほんとだとも」と、四を踏んで「——的場まとば仲間ちゅうげんまで、わし一人おいて、行ってしまったよ。右馬介、行ってみようよ」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まと射貫いぬくと的場まとばの土といっしょに的と箭とを三方さんぼうの上に載せて神前にそなえ、それをもって祭を終ることになっており、祭の前にはみな一生懸命に弓の稽古けいこをする。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はて、的場まとばのおつどいでもあるのかと、近づいてみると、蔵の口から的場へかけて、驚くべき数量の武器やら甲冑かっちゅうが干しならべてあるのだった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今朝も的場まとばで一汗しぼって、本丸の道灌堀どうかんぼりからお駕台かごだいの附近へ、早咲きの梅を見ながら歩いてきた吉宗、ごつい木綿の平服に結城ゆうきはかまをつけ
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうえ近くには、馬場、弓の的場まとば、兵舎、うまやなどもようしていて、常時、一軍隊の兵を私邸に養っているふうなのだ。
「そうだ、弓の時刻だ。このごろは若党たちがちっとも的場まとばに見えないけれど、わしひとりで弓の稽古をしていよう」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幕の裡で、的場まとばの砂を掃いていた者や、弓の整理をしていた人々も、それを聞いて、忠利のうしろへ皆、集まった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
的場まとばへ行ってみると、若殿の忠利ただとしは、家臣を相手に、さかんに弓をひいていた。忠利の射る矢は、一筋一筋、おそろしく正確で、その矢うなりにも、気品があった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先刻さっき遠矢試合とおやじあいでは河内流かわちりゅう加賀爪伝内かがづめでんない勝点しょうてんをとって、蔦之助は負けということになっていたが、いま、その遠矢の的場まとばであるこの大鳥居のすそに立ってみると
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつもの弓場ゆばへ、忠利が、ひるすこし過ぎ、姿をあらわすと、的場まとばの控え所に、彼のすがたを待っていた岩間角兵衛が、それとなく、小次郎の推挙をまた、繰返した。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今朝も、的場まとばに出て、采女うねめという小姓こしょうを相手に、ヒュッ、ヒュッとしきりに矢うなりを切っていると
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
的場まとばを置くところといい、弓を射るには絶好の場所だとされて、いつのころからともなく、射具をたずさえて来て、独りで練技を試している者がぼつぼつ増えていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、ときには、裏の的場まとばへ飛び出して、にわかに、弓を引いてみたり、不意に、うまやの馬にむちを加え、大汗かいて帰って来たり——といったふうで、とかくかれには、規矩きくがない。
かと思えば、的場まとばへ出て、片肌ぬぎで、弓の射競べに、汗をぬらしている連中を、むしろの上で、酒をのみながら見物している——もちろんそれも、武技の励みではなく、ゆみだった。
「お的場まとばでござります」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)