火種ひだね)” の例文
「うむ。行ってよう。火種ひだねはあるか。この二、三日大分寒くなって来たな。」と男はまだたまま起きようともしない。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから、若者わかものはたき火のそばにもどってくると、かすかにのこっている火種ひだねから火をふきおこして、あたたまりました。
市街しがい中心地ちゆうしんちける潰家かいかもとに、大火災だいかさいとなるべき火種ひだね培養ばいようせられつゝあつたことを氣附きづかないでゐたのである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
『薬はまだ伸びない。なにしろ火鉢の火がかすかだからな。いくら諸式しょしき高値こうじきでも、こゝの店は随分倹約だぞ。まるで蛍のやうな火種ひだねしか無いのだからな。』
赤膏薬 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
はかまをぬらして清三が学校から帰って来て、火種ひだねをもらおうと庫裡にはいってみると、主僧はさびしそうにぽつねんとひとり机にすわって書を見ていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
二三度んで見たが、阿母さんは桃枝もヽえおぶつて大原へ出掛けて居無かつた。貢さんは火鉢の火種ひだね昆炉しちりんに移し消炭けしずみおこして番茶ばんちや土瓶どびんわかし、しやけを焼いて冷飯ひやめしを食つた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「御前に同情した。ふうん。——ちょっとその炭取を取れ。炭をつがないと火種ひだねが切れる」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の言葉を聞いているうちに、自然にこちらも彼の信ずるとおりに信じないではいられなくなってくる。彼のかたわらにいるだけで、こちらまでが何か豊かな自信にちてくる。彼は火種ひだね
さりげない火種ひだねりに。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
私も冷たい手を早く赤い炭の上にかざそうと思って、急いで自分の室の仕切しきりを開けました。すると私の火鉢には冷たい灰が白く残っているだけで、火種ひだねさえ尽きているのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)