淡墨うすずみ)” の例文
窓越しに、淡墨うすずみをふくんだ瑠璃の夕空が重く淀んでをり、すこしも風の気とてない蒸暑く鬱滞した陋巷の空気が泥水のやうに動かずにゐた。
薄暮の貌 (新字旧仮名) / 飯田蛇笏(著)
初秋に出る掛物は常に近松ちかまつの自画自讃ときまっていた。それは鼠色の紙面へ淡墨うすずみを以て団扇うちわを持てる女の夕涼みの略図に俳句が添えてあった。
七日ばかりのほのかな夕月は、その少し前頃から淡墨うすずみの如意輪寺のいらかを越して、立ち迷う夕霞の世界へ青銀色の光の雨を投げ交ぜて、春の朧夜おぼろよを整えはじめた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と見れば、比良ヶ岳、比叡山ひえいざんの上に、真黒な雲がかぶさり、さしも晴れやかに光っていた琵琶湖の湖面が、淡墨うすずみを流したようにくろずんできたのを認めました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
窓のつい眼のさきにある山の姿が、淡墨うすずみいたように、水霧につつまれて、目近まぢかの雑木の小枝や、崖の草の葉などに漂うている雲が、しぶきのような水滴を滴垂したたらしていたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
□夕方西にくれないほそき雲棚引たなびき、のぼるほど、うす紫より終に淡墨うすずみに、下に秩父の山黒々とうつくしけれど、そは光あり力あるそれにはあらで、冬の雲は寒く寂しき、たとへんに恋にやぶれ
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
春雨はるさめの明けの朝、秋霧あきぎりの夕、此杉の森のこずえがミレージの様にもやから浮いて出たり、棚引く煙をしゃの帯の如くまとうて見たり、しぶく小雨に見る/\淡墨うすずみの画になったり、梅雨にはふくろうの宿
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
白昼ひるまを欺くばかりなりし公園内の万燈まんどうは全く消えて、雨催あまもよいそらに月はあれども、四面滃※おうぼつとしてけぶりくがごとく、淡墨うすずみを流せる森のかなたに、たちまち跫音あしおとの響きて、がやがやとののしる声せるは
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひろい池の水面が、冬の暖かい午後の陽にきらめいていて、蓮の、枯れてしおれた葉を付けたものや、二つに折れたものが、そのきらめく水面に、淡墨うすずみで描いたような、複雑な模様を映していた。
こきものは淡墨うすずみとなり、うすきものは白絹しらぎぬとなり、きものはせつなの光となり、ゆるきものは雲の尾にまぎれる、巻々舒々かんかんじょじょ、あるいはがっし、あるいははなれ、呼吸いきがつまりそうな霧のしぶきとなり
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
桜花はなの山は淡墨うすずみいろに暮れにけり大烏おほがらす一羽ひつそり帰る
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
絵を線描のみでなく淡墨うすずみを以て調子づけたりする事も結構だが、どうも鮮明を欠く嫌いがある。
絵を線描のみでなく淡墨うすずみを以て調子づけたりする事も結構だが、どうも鮮明を欠く嫌いがある。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)