油火あぶらび)” の例文
彼は意外な眼を挙げて、油火あぶらびには遠い薄暗がりに、じっと相手の顔をかして見た。と同時に怒声を発して、いきなり相手を突き放した。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
宵闇の深くならぬ先に、いおりのまわりは、すっかり手入れがせられて居た。灯台も大きなのを、寺から借りて来て、煌々こうこうと、油火あぶらびが燃えて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
かの油火あぶらびのおもてにのみ焼けむが如きはねがふところにあらず、况してや酒間の乱舞徒らに情を激すべきかは。
抒情詩に就て (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
萬治まんぢ三年は正月から大火があつて、湯島から小網町まで燒き拂ひ、二月は人心不安の爲將軍日光社參延引しやうぐんにつくわうしやさんえんいんを令し、六月には大阪に雷震、火藥庫が爆發し、到頭江戸町家の二階で紙燭ししよく油火あぶらび
新宅の旅籠屋はたごやもできあがるころは、普請ふしんのおりに出た木のきれとぼして、それを油火あぶらびに替え、夜番の行燈あんどんを軒先へかかげるにも毎朝夜明け前に下掃除したそうじを済まし、同じ布で戸障子としょうじの敷居などをいたのも
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
皿の油火あぶらびはをやみなく明滅する
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
勿論手拭を忘れでもすれば、鼠に頭をまれる事もあつた。同じ年の暮に当主の妻は、油火あぶらびの消えるやうに死んで行つた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
姫は、蔀戸しとみど近くに、時としては机を立てて、写経をしていることもあった。夜も、侍女たちを寝静まらしてから、油火あぶらびの下で、一心不乱に書き写して居た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
老婆はに焚き木を加えると共に、幾つも油火あぶらびの燈台をともした。その昼のような光の中に、彼は泥のようにれながら、前後左右に周旋する女たちの自由になっていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夜も、侍女たちを寝静らしてから、油火あぶらびの下で、一心不乱に書き写して居た。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
家の中にはあの牛飼の若者が、土器かわらけにともした油火あぶらびの下に、夜なべの藁沓わらぐつを造っていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
油火あぶらびのかすかな光の下で、御経おんきやう読誦どくじゆし奉つて居つたが、たちまちえならぬ香風が吹き渡つて、雪にもまがはうず桜の花が紛々とひるがへいだいたと思へば、いづくよりともなく一人の傾城けいせい
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その中にただゴティック風の柱がぼんやり木のはだを光らせながら、高だかとレクトリウムを守っている。それからずっと堂の奥に常燈明じょうとうみょう油火あぶらびが一つ、がんの中にたたずんだ聖者の像を照らしている。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)