気後きおく)” の例文
旧字:氣後
元三ウォンサミ爺は何やら話したげに心持ち立ち止りかけたが、白い眼を光らせるつれの男に気後きおくれがして、そのままへーと笑ってついて行った。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
翌朝、約束の時間に先生が見えると、伸子は、いよいよ愚かな気後きおくれを感じた。いっそ、病気にでもなってしまいたい気がした。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
戦争が済んで、遠くから戻つて来たものには、どの人間にもかうした一種の気後きおくれがあるのではないかと思へた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
葉子はそう言って、お茶の支度したくをしていたが、黒須の低気圧に気がついていたので、さすがに気後きおくれがしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は朝から物を食べていなかった。一歩ごとに珈琲店カフェーへ出会ったが、中に立て込んでる群集を見ては、気後きおくれがし嫌な心地になった。彼は巡査に尋ねかけた。
もちろんそんな店へ入るのは初めてである、ちょっと気後きおくれはしたが、思いきって縄のれんをくぐった。
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
陽子はちょっと気後きおくれがしたように躊躇ためらっていたが、兄を顧みて口早に云うのだった。
梟の眼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
容顔が美麗なで、気後きおくれをするげな、この痴気たわけおやじと、媼はニヤリ、「鼻をそげそげ、思切って。ええ、それでのうては、こなじじい、人殺しの解死人げしにんのがれぬぞ、」とおどす。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長吉は覚えずあとを追って路地内ろじうち這入はいろうとしたが、同時に一番近くの格子戸が人声と共にいて、細長い弓張提灯ゆみはりぢょうちんを持った男が出て来たので、なんという事なく長吉は気後きおくれのしたばかりか
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何物も彼らの幻影をそこなうものはなかったし、彼らを気後きおくれさせるものはなかった。今では一週に二、三度、熱烈な叙情味の文体で手紙を書き合っていた。
驚くほどの混雑で、ホームの人達はみんな窓から列車に乗り込んでゐる。ゆき子も、やつとの思ひで窓から乗車する事が出来た。何も彼もが、俊寛のやうに気後きおくれする気持ちだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
長吉ちやうきちは覚えずあとを追つて路地内ろぢうち這入はいらうとしたが、同時に一番近くの格子戸かうしど人声ひとごゑと共にいて、細長い弓張提灯ゆみはりぢやうちんを持つた男が出て来たので、なんふ事なく長吉は気後きおくれのしたばかりか
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ただ一人ではいってゆくことを考えると気後きおくれがした。一人の給仕が玄関にぶらぶらしていた。彼は子供を引止めて、何しに来たかといたわるような調子で尋ねた。
格子戸の格子を一本々々一生懸命に磨いているのもある。長吉は人目の多いのに気後きおくれしたのみでなく、さて路地内に進入すすみいったにした処で、自分はどうするのかと初めて反省の地位に返った。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし幾百人の眼の前で、舞台の上にただ一人立った時、にわかに気後きおくれがして、本能的に後へ退さがろうとした。袖道具の方へふり向いてそこへはいろうとまでした。
格子戸かうしど格子かうしを一本々々一生懸命にみがいてるのもある。長吉ちやうきち人目ひとめの多いのに気後きおくれしたのみでなく、さて路地内ろぢうち進入すゝみいつたにしたところで、自分はどうするのかと初めて反省の地位に返つた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
クリストフはそういうりっぱな連中に気後きおくれがして、口をつぐんだまま、懸命に耳を澄ました。