櫛笄くしこうがい)” の例文
又三郎は五日めに金沢へ帰り、またすぐでかけていって、こんどは四日後に、櫛笄くしこうがいの包と、小さな遺骨の壺を持って帰った。
雨の山吹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
前挿まえざし中挿なかざし鼈甲べっこうの照りの美しい、華奢きゃしゃな姿に重そうなその櫛笄くしこうがいに対しても、のん気に婀娜だなどと云ってはなるまい。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白雲が大事に拾い上げて見ると、箱の中には、鼈甲べっこう櫛笄くしこうがいだの、珊瑚樹の五分玉の根がけだのというものが入っている。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
或時は自分と全く交渉のない、珊瑚樹さんごじゅ根懸ねがけだの、蒔絵まきえ櫛笄くしこうがいだのを、硝子越ガラスごしに何の意味もなく長い間眺めていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫の帰らぬそのうちと櫛笄くしこうがいも手ばしこく小箱にまとめて、さてそれを無残や余所よそくらこもらせ、幾らかの金懐中ふところに浅黄の頭巾小提灯こぢょうちん闇夜やみよも恐れず鋭次が家に。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私の母から譲られた形見の櫛笄くしこうがい、亡夫の腰の物のうち、不用の品を売払って八両の金を纏め、かねて約束の中坂の藤井様にお届けするはずで、黄八丈の財布に入れたまま
結立ての島田や櫛笄くしこうがいも、ひしゃげたような頭には何だか、持って来て載せたようにも見えた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それから錦襴きんらんの帯、はこせこの銀鎖、白襟と順を追って、鼈甲べっこう櫛笄くしこうがいが重そうに光っている高島田が眼にはいった時、私はほとんど息がつまるほど、絶対絶命な恐怖に圧倒されて
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
忽然こつぜん川岸づたいにけ来る一人の女がハタとわが足許につまずいて倒れる。いだき起しながら見遣みやれば金銀の繍取ぬいとりある裲襠うちかけを着横兵庫よこひょうごに結った黒髪をば鼈甲べっこう櫛笄くしこうがい飾尽かざりつくした傾城けいせいである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雪の峠をたまに通る旅人を待ち伏せているだけでは獲物が少くてつまらぬなどと、すっかり大胆になって里近くまで押しかけ、里の女のつまらぬ櫛笄くしこうがいでも手に入れると有頂天になり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その時僕のうしろにしていた襖がすうと開いて、女が出て、行燈の傍に立った。芝居で見たおいらんのように、大きなまげを結って、大きな櫛笄くしこうがいを揷して、赤い処の沢山ある胴抜どうぬきの裾をいている。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と先生の、手をついて言うのをきいて、かぶりをって、櫛笄くしこうがいも、落ちないで、乱れかかる髪をそのまま莞爾にっこりして
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お今はお増の鏡台や、櫛笄くしこうがいだの襟留えりどめだの、紙入れなどのこまこました持物に心が残った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
血にがれてのた打つさまして、ほとんど無意識に両手をひろげた、私の袖へ、うつくしい首が仰向あおのけになって胸へ入り、櫛笄くしこうがいがきらりとして、前髪よりは、眉がぷんと匂うんです。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)