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枕橋
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まくらばし
ふりがな文庫
“
枕橋
(
まくらばし
)” の例文
川向うは
三囲
(
みめぐり
)
の土手、
枕橋
(
まくらばし
)
から向島はちょうど墨絵の夕べである。宵闇を
縫
(
ぬ
)
って、チラチラ飛んでゆく駕の
灯
(
ひ
)
も見えだしたが、まだ空も明るく川も明るかった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
その頃、銀座さんと
称
(
とな
)
うる化粧問屋の
大尽
(
だいじん
)
があって、
新
(
あらた
)
に、「
仙牡丹
(
せんぼたん
)
」という
白粉
(
おしろい
)
を製し、これが大当りに当った、祝と披露を、
枕橋
(
まくらばし
)
の
八百松
(
やおまつ
)
で催した事がある。
開扉一妖帖
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
枕橋
(
まくらばし
)
の二ツ並んでいるあたりからも、
花川戸
(
はなかわど
)
の岸へ渡る船があったが、震災後
河岸通
(
かしどおり
)
の人家が一帯に取払われて今見るような公園になってから
言問橋
(
ことといばし
)
が
架
(
か
)
けられて
水のながれ
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
枕橋
(
まくらばし
)
を北へ渡って徳川家の邸の南側を行くと、同じ側に常泉寺の大きい門がある。わたくしは本堂の周囲にある墓をも、境内の末寺の庭にある墓をも一つ一つ検した。
三つの挿話
(新字新仮名)
/
堀辰雄
(著)
枕橋
(
まくらばし
)
を北へ渡って、徳川家の邸の南側を行くと、同じ側に常泉寺の大きい門がある。わたくしは本堂の周囲にある墓をも、境内の
末寺
(
まつじ
)
の庭にある墓をも一つ一つ検した。
渋江抽斎
(新字新仮名)
/
森鴎外
(著)
▼ もっと見る
東は
業平橋
(
なりひらばし
)
、南は北割下水、北は
枕橋
(
まくらばし
)
の間を、富士の卷狩りほどの騷ぎで狩り出したものです。
銭形平次捕物控:014 たぬき囃子
(旧字旧仮名)
/
野村胡堂
(著)
只今は
八百松
(
やおまつ
)
という上等の料理屋が出来ましたが、其の時分あの辺は嬉しの森と云いまして、樹木の
生茂
(
おいしげ
)
りて
薄暗
(
うすくろ
)
うございまする。
枕橋
(
まくらばし
)
へかゝると吾妻橋が一目に見えまする。
粟田口霑笛竹(澤紫ゆかりの咲分):02 粟田口霑笛竹(澤紫ゆかりの咲分)
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
小女
(
こむすめ
)
は頭を
揮
(
ふ
)
った。二人は
枕橋
(
まくらばし
)
の
袂
(
たもと
)
へ曲ろうとする
角
(
かど
)
の処へ来ていた。そこには
河岸
(
かし
)
ぶちに寄って便所があった。その前へ往くと
小女
(
こむすめ
)
は不意に河岸ぶちの石垣の処まで走って往った。
水魔
(新字新仮名)
/
田中貢太郎
(著)
下金屋は本所
枕橋
(
まくらばし
)
の
際
(
きわ
)
、
八百松
(
やおまつ
)
から右へ曲がった川添いの所にあった。
幕末維新懐古談:33 蠑螺堂百観音の成り行き
(新字新仮名)
/
高村光雲
(著)
文中「ひき移り」を「しき移り」となし、「ひる前」を「しる前」に書き誤っているのは東京下町言葉の
訛
(
なま
)
りである。竹屋の渡しも今は
枕橋
(
まくらばし
)
の
渡
(
わたし
)
と共に廃せられて
其跡
(
そのあと
)
もない。
濹東綺譚
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
私は
白銀町
(
しろかねちょう
)
三丁目の
近卯
(
きんう
)
と申します
鼈甲問屋
(
べっこうどんや
)
の若い者ですが、
小梅
(
こうめ
)
の水戸様へ参ってお払いを百金戴き、首へ掛けて
枕橋
(
まくらばし
)
まで参りますると、ポカリと
胡散
(
うさん
)
な奴が突き当りましたから
文七元結
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
枕橋
(
まくらばし
)
を渡ると、いきなりつれ込んだのは、中の郷の茶店ぢやありませんか。
銭形平次捕物控:276 釣針の鯉
(旧字旧仮名)
/
野村胡堂
(著)
枕
常用漢字
中学
部首:⽊
8画
橋
常用漢字
小3
部首:⽊
16画
“枕”で始まる語句
枕
枕頭
枕許
枕元
枕辺
枕屏風
枕木
枕上
枕詞
枕邊