“東(とう)” の例文
郡上(ぐじょう)の領主、東(とう)の下野守常縁(しもつけのかみつねより)が征東指揮官として派遣され、下総の領地に下って、一族の千葉実胤(ちばさねたね)と共同戦線をはって攻撃したので、公方方も守りをかたくして防戦につとめ
東(とう)州、静海(せいかい)軍の姚氏(ちょうし)がその部下と共に、海の魚を捕って年々の貢物(みつぎもの)にしていました。
新たに東(とう)八ヵ国を、お館の一手に、掌管し給う政令始めの祝典でもありまする。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一天(てん)、地(ち)六、南(なん)三、北(ほく)四、東(とう)五、西(せい)二とも申しやす、まずこの六つの数を、丁と半との二種類に振分けること前文の通り、丁てえのは丁度ということで、ちょうど割りきれる数がとりも直さず丁
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
東(とう)は修羅(しゅら)、西(さい)は都に近ければ横川(よかわ)の奥ぞ住みよかりけると云う歌がある通り、横川が一番淋(さび)しい、学問でもするに好い所となっている。——今話した相輪橖(そうりんとう)から五十丁も這入(はい)らなければ行かれない
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三三あまさへ去年(こぞ)の秋、三四京家の下知として、三五美濃の国郡上(ぐじやう)の主(ぬし)、三六東(とう)の下野守(しもつけのかみ)常縁(つねより)に三七御旗(みはた)を給(た)びて、三八下野の領所(しるところ)にくだり、氏族(しぞく)三九千葉(ちば)の実胤(さねたね)とはかりて四〇責(せ)むるにより
「九郎様。あなたは存外、何でもお心得ですから、おおかたご存知の事でしょうが、北は碓氷(うすい)を境に、南は足柄山を境として、これから東が、坂東(ばんどう)と申します。いわゆる、東(とう)八箇(か)国(こく)に入ります」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)