未嘗いまだかつて)” の例文
これは、邸内に妙見みょうけん大菩薩があって、その神前の水吹石みずふきいしと云う石が、火災のあるごとに水を吹くので、未嘗いまだかつて、焼けたと云う事のない屋敷である。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
元来僕は何ごとにも執着しふぢやくの乏しい性質である。就中なかんづく蒐集しうしふと云ふことには小学校にかよつてゐた頃、昆虫の標本へうほんを集めた以外に未嘗いまだかつて熱中したことはない。
蒐書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
池中の蛙が驚いてわめいてるうちに、蛇は蛙をくはへた儘、あしの中へかくれてしまつた。あとの騒ぎは、恐らくこの池の開闢かいびやく以来未嘗いまだかつてなかつた事であらう。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は当惑とうわくした。考えて見ると、何のためにこの船に乗っているのか、それさえもわからない。まして、ゾイリアなどと云う名前は、未嘗いまだかつて、一度も聞いた事のない名前である。
Mensura Zoili (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
未嘗いまだかつて承り及ばざる所に御座候へば、切支丹宗門の邪法たる儀此一事にても分明ぶんみやう致す可く、別して伴天連当村へ参り候節、春雷頻に震ひ候も、天の彼を憎ませ給ふ所かと推察仕り候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また時にはいつになっても春を知らない峰を越えて、岩石の間にんでいる大鷲おおわしを射殺しにも行ったりした。が、彼は未嘗いまだかつて、その非凡な膂力りょりょくを尽すべき、手強てごわい相手を見出さなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ことに、板倉本家は、乃祖だいそ板倉四郎左衛門勝重かつしげ以来、未嘗いまだかつて瑕瑾かきんを受けた事のない名家である。二代又左衛門重宗しげむねが、父の跡をうけて、所司代しょしだいとして令聞れいぶんがあったのは、数えるまでもない。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかうしてその隆盛りうせいに至りし所以ゆゑんのものは、有名の学士羅希らきいでて、之れが改良をはかるにる。然るに吾邦わがくにの学者はつと李園りゑん(原)をいやしみ、おいかへりみざるを以て、之を記するの書、未嘗いまだかつて多しとせず。
本の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お君さんは今日きょうまでに、未嘗いまだかつて男と二人で遊びに出かけた覚えなどはない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「つれづれ草などは定めしお好きでせう?」しかし不幸にも「つれづれ草」などは、未嘗いまだかつて愛読したことはない。正直な所を白状すれば「つれづれ草」の名高いのもわたしには殆ど不可解である。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「つれづれ草などは定めしお好きでしょう?」しかし不幸にも「つれづれ草」などは未嘗いまだかつて愛読したことはない。正直な所を白状すれば「つれづれ草」の名高いのもわたしにはほとんど不可解である。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
笠翁りゅうおうは昔詳細に、支那の女の美を説いたが、(偶集巻之三、声容部)未嘗いまだかつてこの耳には、一言も述べる所がなかった。この点では偉大な十種曲の作者も、まさに芥川龍之介に、発見の功を譲るべきである。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)