旅人宿はたごや)” の例文
かゝる時、かゝる場所に、一人の知人なく、一人の話相手なく、旅人宿はたごやの窓に倚つて降りしきる秋の雨を眺めることは決して楽しいものでない。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
急ぎ大坂渡邊わたなべ紅屋庄藏べにやしやうざう方へぞ着しける此紅屋といふ旅人宿はたごや金比羅こんぴら參りの定宿ぢやうやどにて常樂院は其夜主人あるじの庄藏を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
頂上には旅人宿はたごやめいた室、勧工場かんこうば然たる物産陳列所、郵便局、それから中央の奥宮社殿は、本殿、幣殿へいでん、拝殿の三棟に別れて、社務所、参籠所さんろうしょも附属している。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それでも悪いから此処こゝず此の儘にしなさい、此家こゝ旅人宿はたごやで迷惑をするし、お前も向うの包と取違えたのは粗忽そこつ詮方しかたがないから、先ず此処は控えて居なさい
饗す兎も角もこゝ書入かきいれの名所なり俗境なりとてさて止むべきかは一杯酌みて浦嶋殿の近付ちかづきとならんと上の旅人宿はたごやへいそぎさけさかなを持來れと命じそれより寺内を漫歩そゞろあるきしまた川を眺むるに流を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
多摩川たまがわ二子ふたこの渡しをわたって少しばかり行くと溝口みぞのくちという宿場がある。その中ほどに亀屋かめやという旅人宿はたごやがある。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
武「さアうだ、拙者を賊に落して申訳があるか、もう許さんぞ、しか此所こゝ旅人宿はたごやで、当家には相客もあって迷惑になろうから、此の近辺の田甫たんぼに参って成敗致そう、淋しい処までけ」
はじめしが酒は一時間過てもまだ來ず茶に醉ふてかフラ/\と露伴子はねぶり梅花道人は欠伸あくびするに我は見兼ね太華山人と共に旅人宿はたごやへ催促と出かけしにぢきに門前にて只今持ち參るの所なりといふ寺も早や興盡きてさぶき
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
その夜七時ごろ町なるなにがしという旅人宿はたごやの若者三角餅の茶店に来たり、今日これこれの客人見えて幸衛門さんに今からすぐご足労を願いますとのことなり。
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
其一人に導かれいし多くともしび暗き町を歩みて二階建の旅人宿はたごやに入り、妻女の田舎なまりを其儘、愛嬌も心かららしく迎へられた時は、余も思はず微笑したのである。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
旅人宿はたごやだけに亀屋の店の障子しょうじには燈火あかりあかしていたが、今宵こよいは客もあまりないと見えて内もひっそりとして、おりおり雁頸がんくびの太そうな煙管きせる火鉢ひばちふちをたたく音がするばかりである。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)