断々きれぎれ)” の例文
旧字:斷々
座中は目で探って、やっと一人の膝、誰かの胸、別のまたほおのあたり、片袖かたそでなどが、風で吹溜ふきたまったように、断々きれぎれほのかに見える。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ香のけむりが断々きれぎれとしてのぼっていることによって、お角はまたあのお墓へ誰かおまいりに来たなと思っただけでした。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これは断々きれぎれな、とり乱した言葉である。が、切られない愛で息子の心中にある何ものかの横へまでこの母は思わず擦りよって行っているのである。
山本有三氏の境地 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
其麽そんな筈はないと自分で制しながらも、断々きれぎれに、信吾が此女を莫迦ばかに讃めてゐた事、自分がそれを兎や角ひやかした事を思出してゐたが、腰を掛けるを切懸きつかけ
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お島は、断々きれぎれに耳につくその話に、ふと不安を感じながら訊いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一面に紫雲英げんげが生えた、その葉の中へ伝わって、断々きれぎれながら、一条ひとすじあおずんだ明るい色のものが、ったように浮いたように落ちています。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今日は何か初めての曲を弾くのだと見えて、同じところを断々きれぎれに何度も繰返してるのが聞えた。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あいを入れた字のあとは、断々きれぎれになつて、あたかも青いへびが、うずまき立つ雲がくれに、昇天をする如くなり
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
歌の句が断々きれぎれに、混雑こんがらかつて、そそるやうに耳の底に甦る。『の時——』と何やら思出される。それが余りに近い記憶なので、却つて全体みなまで思出されずに消えて了ふ。四辺あたりは静かだ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
きゃんきゃんきゃん、クイッ、キュウ、きゃんきゃんきゃん、と断々きれぎれに、声が細って泣止なきやまない。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人は、何といふ事もなく、もう湿声うるみごゑになつて、断々きれぎれに語りながら、他所よそながら家々に別れを告げようと、五六町しかない村を、南から北へ、北から南へ、幾度となく手を取合つて吟行さまようた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
後を追って、奇異なる断々きれぎれの声を叫びながら駆け出した蔵人を、ばらばらと追詰める連中の、ある者は右へ退き、ある者は左へ避け、三人五人前後に分れて、さいの目のように散らばった。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ト、一日手を離さぬので筆が仇敵かたきの様になつてるから、手紙一本書く気もしなければ、ほんなど見ようとも思はぬ。凝然じつとして洋燈ランプの火を見つめて居ると、断々きれぎれな事が雑然ごつちやになつて心を掠める。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
断々きれぎれに言ひながら、体をゆすり上げるやうにして裾を端折つてゐる。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)