撥音ばちおと)” の例文
社の格子がさっと開くと、白兎が一羽、太鼓を、抱くようにして、腹をゆすって笑いながら、撥音ばちおとを低く、かすめて打った。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人はだまって耳を澄ますと、舞台では見物の興をそそり立てるような、三味線の撥音ばちおとが調子づいて賑やかにきこえた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「何をいかるやいかの——にわかげきする数千突如とつじょとして山くずれ落つ鵯越ひよどりごえ逆落さかおとし、四絃しげんはし撥音ばちおと急雨きゅううの如く、あっと思う間もなく身は悲壮ひそう渦中かちゅうきこまれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
価値の高い女として中宮も愛しておいでになった。琴の爪音つまおと琵琶びわ撥音ばちおとも人よりはすぐれていて、手紙を書いてもまた人と話しをしても洗練されたところの見える人であった。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さすがは平家の公達きんだち、いくさに追われてのあわただしい生活では、遊芸もままならぬであろうと思ったが、どうして、どうして、あの琵琶の撥音ばちおとといい、口ずさまれた歌い振りといい
長唄連中は、勿体ないような顔ぶれである。撥音ばちおとが冴えて、美しかった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
炎天のあかるい寂寞のうちに二ちょうの三味線は実によくその撥音ばちおとを響かした。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ゆるい大鼓おおかわ撥音ばちおとが、あたりの杉木立にたかくこだまする。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
撥音ばちおとが寒い部屋にえ返っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかもそれは自分の妻の撥音ばちおとに相違ない、どうも不思議なこともあるものだと、かれはその琵琶の音にひかれるように、弓矢を捨ててふらふらとあるき出した。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
宮様の撥音ばちおとの少し弱い点は六条院に及ばぬところであると私は思っているのです。
源氏物語:45 紅梅 (新字新仮名) / 紫式部(著)
新町の月影に、露の垂りそうな、あの、ちらちら光る撥音ばちおと
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その撥音ばちおとは、かの琵琶行びわこうの詩句をかりていうなら——
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)