)” の例文
そのやす事の出来ない、窮極のない係恋の盃に唇を当てた事のある流浪人が、どんな感じをするかといふのは、想像し易い事ではないか。
少しく安堵あんどの思ひをなし、忍び忍びに里方へ出でて、それとなく様子をさぐれば、そのきず意外おもいのほか重くして、日をれどもえず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
建設し個人の恋愛の標準が高めらるゝに従ひ社会全般はよ向上せしめらるゝであらうと云ふ結論に吾人は達するのである。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
蘭軒は二十三日に至つて病え事を視ることを得た。「私儀足痛全快仕候に付、薬湯中には御座候得共、明廿三日より出勤仕候段御達申上候。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼は堅実の一学生、学成りて躰こゝに弱し、病を得て数月未だゆるに及ばず、痩癈そうはいせば遂に如何いかん。われ尤も之を憶ふ。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
時に洞窟の上開いて霊光射下り諸鬼皆おしとなり、尊者のきずことごとくえて洞天また閉じ合うたという。
第四 冬寒支体僵瘃きょうちょくノ病 雪塊ヲ取テ患部ニ擦搽さったスレバ即チユ 又臘雪水甘クシテ大寒 天行えきヲ解シ一切ノ瘡毒そうどくヲ療ス ソノ他諸病ニ於テかならずツ所ニシテ医家欠クベカラズ
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
われ遠慮せで猶太少女の事を語り出でしに、友は唯だ高く笑ひぬ。その胸の内なるきずは早くもえて跡なきに至りしものなるべし。友のいはく。われはその後聲めでたき小鳥を捕へたり。
父の病少しくゆるを以て京に還る、襄が賢妻小石氏をめとりしは蓋し此前後に在り。此年除夜の詩に曰く為客京城五餞年、雪声燈影両依然、爺嬢白髪応白、説看吾儂共不眠と。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
興義これより病えて、はるかの後八三天年よはひをもてまかりける。其の終焉をはりに臨みて、ゑがく所の鯉魚数枚すまいをとりてうみちらせば、画ける魚八四紙繭しけんをはなれて水に遊戯いうげす。ここをもて興義が絵世に伝はらず。
それが今日こんにちの貫一と宮との間に如何いかなる影響を与へるのだ。悔悟したからあれのみさをきずえて、又赦したから、富山の事が無い昔に成るのか。その点においては、貫一は飽くまでも十年前の貫一だ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
只棠軒の妻柏が一たび病んで後えたこと(一月二十六日)、江木鰐水が棠軒を訪ひ(一月五日)、又棠軒が江木氏をよぎつたこと(一月十日)
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼女は是より精神病院に送られしが、数月の後に、病全くえて、そのつまの家に帰りけれど、夫妻とも、元の家には住まず、いづれへか移りて、噂のみはこのあたりにのこりけるとぞ。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
七歳の時やまい甚だし、たちまち口を張りて服薬する状のごとくして曰く、道士あり、犬を牽き薬を以て我に飼う、俄に汗してゆと、因って像を書いてこれを祀ると(『琅琊代酔編ろうやだいすいへん』五)
想ふに藤陰の病は既にえてゐたのであらう。以下関藤氏との往反は故あるにあらざる限は復抄せぬこととする。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
自らた所を記していわく、この鐘に大なる𤿎裂ひびわれあり、十年ばかりも以前に、その裂目へ扇子入りたり、その後ようやくして、今は毫毛ごうもうも入らず、えて𤿎裂なし、破鐘をまもる野僧の言わく