悽惨せいさん)” の例文
それらの打首は、人目だかい諸所方々でさらされたが、わけて犬射ノ馬場の光景は、あまりにも悽惨せいさんで目をおおわしめるものがあったという。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしかかる悽惨せいさんな生の流れにおいてこそ、はじめて太子の御姿が幾度もふりかえられ、その祈念は人心に復活したといえるのではなかろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
この悽惨せいさんたる危機ききにたいし、モコウと他の少年たちのすがたが見えぬのはふしぎである。あるいはみな殺されて、洞内に倒れているのではあるまいか。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
と、そう自分を叱りながら、にもかかわらず、つい、そのあとから、胸の中にくりかえさぬわけに行かぬのが、父親の、あの、奇怪悽惨せいさんな、遺書だった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あまりにも悽惨せいさんなる暁だった。生き残った帝都市民にとって、それは残酷以外の何物でもない夜明けだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
惟光これみつたちは悽惨せいさんなこの歌声に目をさましてから、いつか起き上がって訳もなくすすり泣きの声を立てていた。その人たちの心を源氏が思いやるのも悲しかった。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
空一面に炸裂さくれつする敵味方の砲火、何千という軍人が、見物の目の前で悽惨せいさんな戦いをつづけているのです。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのころ温に寄せた詩の中に、「満庭木葉愁風起まんていのこのはしうふうおこり透幌紗窓惜月沈くわうしやのまどをとほしつきのしづむををしむ」と云う、例に無い悽惨せいさんな句がある。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
岸本はその空虚な部屋をのぞいて見て、悽惨せいさんな戦争の記事を読むにもまさる恐るべき冷たさを感じた。その冷たさが壁一重ひとえ隔てた自分の部屋の極く近くにあることを感じた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人生には悽惨せいさんの気が浸透している。春花、秋月、山あり、水あり、あか、紫と綺羅きらやかに複雑に目もあやに飾り立てているけれど、するところ沈痛悲哀の調べが附纏つきまとうて離れぬ。
秋になるとつたかずらが真紅になったまま捲きついている、何か悽惨せいさんな感じの、遊女らしい小さな墓だとか、——そういうものなら、そのほかにも、まだまだ何かありそうだね
雪の上の足跡 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
上下左右、嘲弄と略奪と罪悪との間につつまれて、イエスは十字架にかかり給う。彼の肉体も同じく罪の一色に塗りつぶされているのです。ああ悽惨せいさんたるかな、荒涼たるかな。
それを用うるすべを知らない盲目の小法師に向ってすらが、彼は正式にして、対等の強敵に向うと同じ位を取って突きつけて行く時に、言おうようない悽惨せいさんな力が、その刃先といわず
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あたかもあの悽惨せいさんなクリミヤ戦役の直後に当たっており、したがって父の家に集まる軍人たちの血なまぐさい戦争譚せんそうだんに、彼の幼ない情感と献身愛とははげしくかきたてられずにはいなかった。
京子は、瞑目めいもくした。青い少しも血色のない顔だった。額のところが、ほのかに汗ばんで、それが悽惨せいさんな感じを起させた。しばらくすると、京子はパッと目を開いた。青い炎の出るようなひとみだった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あてにしていた夢が、かたっぱしから全部はずれて、大穴あけて、あの悽惨せいさん焦躁しょうそう、私はそれを知っている。その地獄の中でだけ、この十年間を生きて来た。もう、いやだ。私は、幸福を信じない。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
曇れるまなこ、きらめかし、悽惨せいさんとして遅々たりや。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
頬から耳の辺へかけて、薄傷うすでを負うと、血のすじが、顔中にちらかって、悽惨せいさんな二つの眼だけが、穴みたいに光っている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
桜田のあの日の——同志の悽惨せいさんな顔つきが眼にうかぶ。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)