心裡しんり)” の例文
我は心裡しんりにヱネチアの歴史を繰り返して、そのいにしへの富、古の繁華、古の獨立、古の權勢乃至ないし大海にめあはすといふ古の大統領ドオジエの事を思ひぬ。
戦況ひとたび不利になれば、朋友相信じる事さえ困難になるのだ。民衆の心裡しんりというものは元来そんなに頼りないものなのだ。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
十年間の経験により倫理学といふ事につきて我心裡しんりに印記したる感情はただ「いやな、つまらぬ学科」といふより外には何事もあらざるなり。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その人なればこそ、盛りの人貞奴の心裡しんりの、何と名もつけようのない憂鬱ゆううつ見逃みのがさなかったのであろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかるに彼らはヨブの哀哭の語に接してその言辞にとらえられてその心裡しんりを解するあたわず、ますます彼らの推測の正当なりしを悟り、ここにヨブを責めてそのひそかなる罪を懺悔せしめ
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そこで吾々はAと云う現象を心裡しんりに認めると、これに次いで起るべきBについては、その性質やら、強度やら、いろいろな条件について出来得る限りの撰択せんたくをする、またせねばならぬ訳であります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
帷幕いばくの席順からいえば、秀吉のほうに、彼より一日の長があったが、他の宿将と同じように、光秀の心裡しんりにも、家格とか、生い立ちとか、教養とか、いうものを偏重へんちょうする考えはやはり潜在していた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あふいで此の月明に対する時、伯母の慈愛にそむきて、粟野の山を逃れる十五歳の春の昔時むかしより、同じ道を辿たどり行く今の我に至るまで、十有六年の心裡しんりの経過、歴々浮び来つて無量の感慨おさゆべくもあらず
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
われは心裡しんりに神を念じて、屏息へいそくしてこれを見たり
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
あわれな、おていさいである。パラパラ、ページをめくっていって、ふと、「なんじもしおの心裡しんりに安静を得るあたわずば、他処にこれを求むるは徒労のみ。」
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
複雑な心裡しんりの解剖はやめよう。ともあれ彼女たちは幸運をち得たのである。情も恋もあろう若き身が、あの老侯爵にかしずいて三十年、いたずらに青春は過ぎてしまったのである。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
わが、唐木からきの机にりてぽかんとした心裡しんりの状態はまさにこれである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先生の人格は、僕の眼中に於いて、また心裡しんりに於いて、偉大である。先生の姓名を知る人は極めて少いであろうが。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
日本の青年達が支那の国土で勇敢に戦い、貴重な血を流しているのに、まるで対岸の火事のように平然と傍観している同胞の心裡しんりは自分に解しかねるところであった。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)