川向かわむこう)” の例文
しばらくすると川向かわむこうの堤の上を二三人話しながら通るものがある、川柳のかげで姿はく見えぬが、帽子と洋傘こうもりとが折り折り木間このまから隠見する。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
蠣殻町は浜町に比ぶれば気風ぐつと下りたりとて、浜町の方にては川向かわむこうの地を卑しむことあたかも新橋芸者の烏森からすもりを見下すにぞ似たりける。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それよりモスクワ川向かわむこうまち景色けしきなどを見渡みわたしながら、救世主きゅうせいしゅ聖堂せいどうや、ルミャンツセフの美術館びじゅつかんなんどをまわってた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
時に、井菊屋はほとんど一方の町はずれにあるから、村方へこぼれた祝場いわいばを廻りすまして、行列は、これから川向かわむこうの演芸館へ繰込むのの、いまちょうど退汐時ひきしおどき
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此川を一跨ひとまたぎに渡りしと覚えしは、其川向かわむこう二三げんにも足跡ありしと。之を山男と謂ひ、稀には其ふんを見当ることあるに鈴竹すずたけといふ竹葉を食する故糞中に竹葉ありといふ。右の村々は大井川の川上なり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
長吉はどんどん流れて行く河水かわみずをば何がなしに悲しいものだと思った。川向かわむこうの堤の上には一ツ二ツがつき出した。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
水車は川向かわむこうにあってその古めかしい処、木立こだちしげみに半ばおおわれている案排あんばい蔦葛つたかずらまとうている具合、少年心こどもごころにも面白い画題と心得ていたのである。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
川向かわむこうは日の光の強いために立続く人家の瓦屋根かわらやねをはじめ一帯の眺望がいかにも汚らしく見え、風に追いやられた雲の列がさかん煤煙ばいえん製造場せいぞうば烟筒けむだしよりもはるかに低く、動かずに層をなしてうかんでいる。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)