山襞やまひだ)” の例文
勾配こうばいの急な地勢で、二つの山襞やまひだはさまれているから、森の幅はあまり広くはないし、二百歩も下ると、落葉樹の疎林地帯になる。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ことごとく水田地帯で、陸羽国境の山巒さんらん地方から山襞やまひだ辿たどって流れ出して来た荒雄川が、南方の丘陵に沿うて耕地をうるおし去っている。
荒雄川のほとり (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
母体の山脈は、あとに退き、うすれ日に透け、またはむれ雲の間から薔薇色に山襞やまひだを刻んで展望図の背景を護っていた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この日は、嘉禄かろく元年の四月の半ばであった。沃野よくやには菜の花がけむっていた、筑波も、下野しもつけの山々も、かすみのうちから、あきらかに紫いろの山襞やまひだを描いていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾つか折れ込んだ山襞やまひだの奧に當つてゐるので、場所の高いに似ず、殆んど眺望といふものがなかつた。
又一所にかたまつて遠くの山襞やまひだにうすく匍ひ上る青い一条の煙(それは炭焼の煙だつた)に驚きの眼を見はつた、あの空白なすつきりした瞬間、——からみ合ひ、押へつけ
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
見ゆる限り草蓬々ぼうぼうたる大野原! 四周をかぎって層々たる山々が、屏風びょうぶのごとくに立ちつらなり、東北方、山襞やまひだの多い鬱然うつぜんたる樹木の山のみが、そのすそを一際近くこちらにいている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
谷から、川から、山襞やまひだから、鬼気立ちのぼっている焔のことだ。私は地獄谷を書きたい。今ほどの地獄はまたとないときに、その焔の色も色別せず米を逐う人人の姿は、たしかに人が焔だからだ。
その低い山が彼女の言っている山であるらしいのは、その指先きを辿たどりながら私にもすぐ分ったが、唯そこいらへんには斜めな日の光がくっきりと浮き立たせている山襞やまひだしか私には認められなかった。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
移りつつ雲はあるらし山襞やまひだあかきなだりに影のさしたる
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
くだけ落ちるひびきは解放御料の山襞やまひだ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
大きな太陽が、山の肩へ、のッと昇っているが、小谷の盆地からは、四山の山襞やまひだも霧で見えなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其處から二三丁下つたところに所謂いはゆる行宮あんぐうの跡があつた。其處も前の上臈じやうらふの庵のあとゝ同じく小さな谷間、と云つても水もなにもない極めて小さな山襞やまひだの一つに當つてゐた。
樹木とその葉:03 島三題 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
山襞やまひだの深いところまで木々の芽ざしが色づいたり思わぬ花があったりする。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)