寝屋ねや)” の例文
善鬼は、喋舌しゃべるだけ喋舌ると、すたすたと、土間のうちへかくれ、隠しておいた寝酒をさげて、自分の寝屋ねやへもぐりこんでしまった。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「悪徒の友なるいとしきは狼の歩みしづかかに共犯人かたうどの如く進み来りぬ。いと広き寝屋ねやの如くに、空おもむろとざさるれば心焦立いらだつ人はたちまち野獣の如くにぞなる……」
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
寝屋ねやをともにして、からだは手で触れているのに、あなた御自身はそこにいない、からだがそこにあるだけで、あなたはいつもいないんです、わたくしは本当のあなたという方に
とこうするとりの声が聞えてくる、万野は自分の寝屋ねやの妻戸をそっと押して、別れ難かろう二人に別れをうながしにくるのであったが
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細帯しどけなき寝衣姿ねまきすがたの女が、懐紙かいしを口にくわえて、例のなまめかしい立膝たてひざながらに手水鉢の柄杓から水を汲んで手先を洗っていると、そのそばに置いた寝屋ねや雪洞ぼんぼりの光は
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、寝屋ねやに導かれるとき、どこかで、若い娘の声もした。その美しい声のぬしを想像しながら、将門は、すぐ眠りにおちた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久雨きゅううなおまず軽寒腹痛を催す。夜に入つて風あり燈を吹くも夢成らず。そゞろにおもふ。雨のふる夜はたゞしん/\と心さびしき寝屋ねやの内、これ江戸の俗謡なり。一夜不眠孤客耳。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
十四日の夜の戌刻いぬどき良人おっと寝屋ねやへ、さきに忍んでください。その宵、良人にふろをすすめ、髪のよごれも洗わせて、酒などあげてやすませておきます。
寝屋ねやの屏風太鼓張たいこばりふすまなぞ破れたるを、妻と二人して今までは互に秘置ひめおきける古きふみ反古ほご取出とりいだして読返しながら張りつくろふ楽しみもまた大厦高楼たいかこうろうを家とする富貴ふうきの人の窺知うかがいしるべからざる所なるべし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
だが二人は、そのまま寝屋ねやの房へは近づいても来ず、彼方の荼吉尼天堂だきにてんどうの縁へ、酔った体を投げ出しあった。そして何やら、首と首とを寄せあっている。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
痴情の寝屋ねやの死のごとくに深き唇。
いつもならば奥のあるじ寝屋ねやの戸はまだ開いている時刻ではないが、母屋も客間も、清掃されているばかりでなく、長屋門の両翼りょうよくの扉はいっぱいに開かれていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜明けごろ、北の寝屋ねやの奥に、朝麿あさまろがむずかるのであろう、幼子おさなごの泣き声がしばらく洩れていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、きょうの話題は、牛車くるまのうちでも、寝屋ねやのうちでも、妙に胸にい入ってならなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物蔭にしゃがんでいた御厨ノ伝次は、這うように、そこの荼吉尼天堂だきにてんどうの横を、す退り始めた。そして堂裏の遠くを廻り、なに食わぬ顔して、寝屋ねやの房にもどって寝ていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『さ。何も、お案じなされずに、そっと、臥床ふしどへお入りなされませ。すぐ、寝屋ねやのお内へ』