家庭うち)” の例文
麹町こうじまちの番町に住んでいる、或る船の機関長の家庭うちもらわれて来てから一年ばかり経つと、何となく、あたりまえの児と違って来た。
人の顔 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
女房ももち、養女も貰い、金のまわりが楽になると、露八はほとんど、家庭うちにはいなかった。道楽のうちでしないのは博奕ばくちだけであった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯其は何処の家庭うちにもくある角突合つのづきあひ——まあ、住職と奥様とは互ひに仏弟子のことだから、言はゞ高尚な夫婦喧嘩、と丑松も想像して居たので
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
と、それからは主人の着物を家庭うちで縫ふ代りに、女房かないや娘の物をそつくり仕立屋に廻す事にめたらしいといふ事だ。
けれど女には何もかもわかるのですわ。家庭うちの中のことはみんな女次第ですわ。すっかり女に任されていますから、従ってまた女に要求されることも多いのですわ。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
女房の九女八は、女団洲だんしゅうで通る素帳面きちょうめんな、楽屋でも家庭うちでも、芸一方の、言葉つきは男のようだが、気質のさっぱりした、書や画をよくした、教養のある人柄だった。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「じゃ、あんたは家庭うちがおありなさるんですね? なんぼかいい功徳でござんすよ、ねえ旦那。このおとなしい子を、焦熱地獄から助け出してやりなさるとはねえ。」
兎角すぐれぬ勝の、口小言のみやかましいのへ、信吾は信吾で朝晩の惣菜まで、故障を言ふたちだから、人手の多い家庭うちではあるが、静子は矢張日一日何かしら用に追はれてゐる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
けれども彼等はマァシュ・エンドやモオトンやこの邊りの沼地ぬまちや丘が大變に好きで、倫敦ロンドンにも他の方々の大きなまちにも住んだことがあるのに、家庭うちほどいゝ處は無いと何時も云つてゐる。
家庭うちでは毎日居残りを喰うために母の気嫌が悪かった。珍らしく居残りをされなかった日は、こんどは母がやはり居残りにされたんだろうと言って責めた。私はどうすればよいか分らなかった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
家庭うちの事なんでしょう
千世子(三) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
……あたし……他家よそのお家庭うちの秘密なんか無暗むやみに喋舌る女じゃないのに……妾をドコまでもペシャンコのルンペンにして
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
左様さうすれば、口は減るし、喧嘩けんくわの種は無くなるし、あるひは家庭うち一層もつと面白くやつて行かれるかも知れない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
いつも女が悪いのですわ。男と申すものは家庭うちの中のことにかけては考え無しのもので、じょうではなく頭で生きているものですから、そう何もかもわかるものじゃございません。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
生憎あいにくと、吉野の来た翌日から、雨が続いた。それで、客も来ず、出懸ける訳にもいかず、二日目三日目となつては吉野も大分だいぶ退屈をしたが、お蔭で小川の家庭うちの様子などが解つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そこで、あんぽんたんの家庭うちにも、少々変革があった。それは弟が生れたからだ。
一体海員は一月の半分以上を船に乗つてゐる、なかには三月も四月も家庭うちには帰つて来ないのもあるから、従つて海員の女房といふものは、人並み以上に慎み深い、貞操の堅いものでなければならぬ。
「お家庭うちにいるあいだは何を学んでおられたか」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『だつて君。』と信吾は委細呑込んだと言つた様な顔をして、『その人にだつて家庭うちの事情てな事があらアな。一年や二年中学の教師をした所で、画才が全然すつかり滅びるツて事も無からうさ。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
いや——どうかすると、我輩はの省吾を連れて、二人でうちを出て了はうか知らん、といふやうな気にも成るのさ。あゝ。我輩の家庭うちなぞは離散するよりほか最早もう方法が無くなつて了つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)