むかい)” の例文
やがて、子供は明日あしたの下読をする時間だと云うので、母から注意を受けて、自分の部屋へ引き取ったので、後は差しむかいになった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と小突いて、入交いりかわって、むかいの生垣に押つけたが、蒼ざめたやっこの顔が、かッと燃えて見えたのは、咽喉のんどを絞められたものである。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同じ庭の内の借家に住む二人の「叔父さん」、それからむかいの農家の人などは、提灯ちょうちんを持って見送ってくれた。この粗末な葬式を済ました後で、親戚や友達に知らせた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小舎の前の渓水にくちすすぐ。水は、南へと流れる。当面の小山を隔てて、むかいは、西俣の谷になる。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「ちょいと、わたし聞いて見るわ。」と突然立止たちどまった。中島は話の腰を折られ、夢から覚めたような眼付めつきをして、お玉がむかいの家の格子戸をあける後姿うしろすがたをぼんやり眺めていた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
妹が家のむかいの山はま木の葉の若葉すゞしくおひいでにけり
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
町もこうは狭からざりしが、今はただ一跨ひとまたぎ二足三足ばかりにて、むかい雨落あまおちより、此方こなたの溝までわたるを得るなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胡麻塩頭ごましおあたまの中へ指を突っ込んで、むやみに頭垢ふけを掻き落す癖があるので、むかいの間に火鉢ひばちでも置くと、時々火の中から妙なにおいを立てさせて、ひどく相手を弱らせる事があった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
音訪おとなう処へ、新聞配達、牛乳配達、往来を掃きに出でたるむかい親仁おやじ、隣の小僧、これを見付けて寄集り、「なるほどこれじゃ、道理で恐しく犬が吠えた。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
忽然こつぜんに現われたるために——二人の視線は水のむかいの二人にあつまった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)