吐胸とむね)” の例文
ハツと何やら吐胸とむねを突くものがあります。頭から熱湯を浴びたやうな心持で、毛氈の上に差置いた、來國俊の一刀を取上げたのです。
僕は吐胸とむねを突かれる気がしました。僕は自分のなりをかえりみました。僕はふだん大抵中学時代の制服を着て、朴歯ほおばの下駄を履いています。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
栄之丞もその話を聴いて吐胸とむねをついた。まだ新参の身、殊に年のゆかない妹がこんな粗相そそうをしでかしては、主人におめおめと顔を向けられまい。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は吐胸とむねをつきました。どんな意味でも、この場合の「おじさま。」は身に応えた。今度はこっちが赤面して汗になった。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これを聞くと船中の武士ども一度にハッと吐胸とむねを突いた。誰も返事をする者がない。互いに顔を見合わせるばかりだ。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
迫りるべからざるほどの気高い美しさをそなえているので、毎度、見馴みなれている町筋の町人どもも、その都度、吐胸とむねをつかれるような息苦しさを感じて
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
どてらをひろげて、左膳のうしろへ着せかけようとしていたお藤姐御は、この突然の言葉に、吐胸とむねをつかれて
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのあまり心細げな侘びしさに吐胸とむねの突かれる思ひをした駄夫は、気の毒な総江の様を見るに忍びず、戸口の中へ片足を踏み入れたまま咄嗟に後を振向いてしまひ
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
江戸へ下った者はまさかだいじょうぶだろうと思っていただけに、同志もこれには吐胸とむねを吐いた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
これには新蔵も二度吐胸とむねを衝いて、折角のつけ元気さえ、全く沮喪そそうせずにはいられませんでした。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どうも十兵衛それは厭でござりまする、と無愛想に放つ一言、吐胸とむねをついて驚く女房。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その時突然恐ろしい考が彼れの吐胸とむねを突いて浮んだ。彼れはその考に自分ながら驚いたようにあきれて眼を見張っていたが、やがて大声を立てて頑童がんどうごとく泣きおめき始めた。その声は醜く物凄ものすごかった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
吐胸とむねを突かれたとはこのことだったろう。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
ハッと何やら吐胸とむねを突くものがあります。頭から熱湯を浴びたような心持で、毛氈の上に差置いた、来国俊の一刀を取り上げたのです。
私はいちどそういう家に勧誘に入って、吐胸とむねを突かれたことがある。乳呑児を抱えたその家の主婦は、私の顔を見てなにも云わずに首を横にふった。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
と不意に背後うしろより呼留められ、人は知らずと忍び出でて、今しもようやく戸口にいたれる、お通はハッと吐胸とむねをつきぬ。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この話を聴いて、お時は困った事ができたと吐胸とむねをついた。困ったとは思いながらも、今さら殿様を責める気にもなれなかった。綾衣を憎む気にもなれなかった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おすぎはトシに乳をふくませながら、最前順吉が観音さまのお守りを見せてくれたときのことを思い浮かべた。あのときおすぎは吐胸とむねをつかれるような感じをうけた。
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
くだん売卜者うらない行燈あんどうが、真黒まっくろな石垣の根に、狐火かと見えて、急に土手の松風を聞くあたりから、そろそろ足許が覚束なくなって、心も暗く、吐胸とむねいたのは、お蔦の儀。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
父ばかりでなく、兄もまた一種の暴君になって来たらしいので、小坂部はいよいよ吐胸とむねをついた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おかみさんも、その嘉吉の思いの外の貧しさには、吐胸とむねを突かれた。
早春 (新字新仮名) / 小山清(著)