只中ただなか)” の例文
いまは、どちらへ向いても、島影しまかげも見えない大海のまっ只中ただなかにいるわけだが、こんなところで投げだされたら、助かる見込みはない。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
曲角まがりかどの青大将と、このかたわらなる菜の花の中の赤楝蛇やまかがしと、向うの馬のつらとへ線を引くと、細長い三角形の只中ただなかへ、封じ籠められた形になる。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あるいは大海原の只中ただなか、あるいは無人の原野の中へ一人でほうりっぱなしにして置きましても、心配というものは更にございません。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、たちまち、どんな隙を見つけ出したか、大蛸はそのとがつた口を、まるで電光のやうな速さで、海豚の胸の真つ只中ただなかに、ぐさりと一突き!
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
余は家に置いてある人力車に乗って一走り走らせると、わけなく、絵画的な群集の雑遝ざっとうしている真直まっすぐな広い街路、また狭い町の只中ただなかに達することができる。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いっさいがそうしようというつもりもなく彼の頭のなかを過ぎてゆくこの冬の日の午後のような、ひどい疲れの状態の只中ただなかで、こうした確信は避けられなかった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
いや、アメリカどころか、何千万キロ先のひろびろとした宇宙のまっ只中ただなかめがけて旅立つのだ。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
三度まで射たる故にや依りけん、この矢眉間の只中ただなかとおりて、喉の下まで、ぶくら責めてぞ立ちたりける、二、三千見えつる焼松も、光たちまち消えて、島のごとくにありつる物
「和」とは菩薩ぼさつの見果てぬ夢だ。だが太子にとって、「和」は超政治的観念であるとはいえ、それは政治という現実の中の最も厄介やっかいな現実の只中ただなかに実証されねばならぬものであった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そういう中に自分は居るのだ、いわば敵の只中ただなかに。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まざまざと見るには堪えぬから、その布で包んだまま、ただ結目を解いただけで、そっと取って、骨を広葉の只中ただなかへ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
Kは机を部屋の真っ只中ただなかに置き、その後ろにすわった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
しかし貴下あなたは、唯今うけたまわりましたような可怖おそろし只中ただなかに、よく御辛抱なさいます、実に大胆でおいでなさる。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
功徳、恭養、善行、美事、その只中ただなかを狙うのが、悪魔の役です。どっちにしろ可恐おそろしい、早くそこを通抜けよう。さ、あなたも目をつむって、観音様の前へおいでなさい。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いうまでもないが、このビルジングを、いしずえから貫いた階子はしごの、さながら只中ただなかに当っていた。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのおおきさ、大洋の只中ただなかに計り知れぬが、巨大なるえいの浮いたので、近々とあざけるような黄色な目、二丈にも余る青い口で、ニヤリとしてやがて沈んだ。海の魔宮の侍女であろう。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一筋の道は、湖の只中ただなかを霞の渡るように思われた。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)