一節切ひとよぎり)” の例文
小房は恥しいほど胸がふるえるのを感じながら、辰之助の好きな白菊の一輪をかやの中に活けた。柱懸けの一節切ひとよぎりにはあけびのつるした。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
バサリと、時々ころげてくるものは、落椿おちつばきの音だった。——弦之丞はこの辺から、一節切ひとよぎりを笛袋におさめて、ややしばらくの闇を辿たどる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小「ハヽアあれは一節切ひとよぎりという笛の名でな、わしは少しばかり指田流さしだりゅうの笛を吹くから、ひょッとしてまた心有る人が習いに来ようかと思って看板を出して置くのサ」
「きょうは、一月寺ぼろんじ一節切ひとよぎりの会があるので、夕方まで売切れになっているということでございます」
あしの幹を取って、それを一節切ひとよぎりのようにこしらえてみたのです。最初あの子供が、穴を三つだけけて、しきりに工夫しているようですから、拙者が寄って五つにさせました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
(尺八) シナの洞簫どうしょう、昔の一節切ひとよぎり、尺八、この三つが関係のある事は確実らしい。足利あしかが時代に禅僧が輸入したような話があるかと思うと、十四世紀にある親王様が輸入された説もある。
日本楽器の名称 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今を去る三十年の昔、三だいばなしという事一時いちじの流行物となりしかば、当時圓朝子が或る宴席において、國綱くにつなの刀、一節切ひとよぎり船人せんどうという三題を、例の当意即妙とういそくみょうにて一座の喝采を博したるが本話の元素たり。
ここは、勤詮派きんせんはの虚無僧が足だよりとする宿寺しゅくじであるので、境内へ入ると、稽古の尺八たけ一節切ひとよぎりの音がゆかしくもれて聞こえた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老人もずっと以前にためしたことがある、大須おおす才之助という番頭のときで、琴と一節切ひとよぎりを使った。一節切は老人がやり、琴は番頭が城下から盲芸人を呼んでくれた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
欲しくなるとじっとしてはおられないのがこの少年の癖で、とうとう庭へ下りて、丁々ちょうちょうとその一本の竹を切って取り、手際よくこしらえ上げたのが一管の、一節切ひとよぎりに似たものです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
表はピッタリ障子がって居りまするが、障子越にきこえる一節切ひとよぎりで、只今は流行はやらんが、其の頃は大層流行致しましたもので、既に日光様のお吹きなさいましたのをまむちと申し
さとくなければならない筈だが、今はまったく、一節切ひとよぎりの音色にしんから聞きれていて、心は時雨しぐれ堂の、あの虚無僧のまぼろしへもたれている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二十三夜の晩……客の所望によって一節切ひとよぎりの『吉野山』を吹いていますとね、お茶の通いをする小坊主が箱階子はこばしごをトントンと上って来る足音を聞いて、ああ油をこぼすよと言う途端
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何流をやったか、今見せた腕のえといい、宵を流す一節切ひとよぎりの風流といい、ゆかしくもあるがあまりに美男な色虚無僧。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あれからも二度三度、立慶河岸りっけいがしのお茶屋に上がって、一節切ひとよぎりぬしを待つ夜もあったが、とうとうそれきりその尺八たけもその影すらも見かけない……。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一節切ひとよぎりの竹を、井戸端で洗い、文字どおりな裏店うらだなの室内へ上がって来ると、床の間はない——ただ壁の隅へ、一枚の板をおいて、そこへ誰の筆か
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足をすくった孫兵衛の刀は、風を流して湯小屋の柱へズンと食いこみ、一角の烈刀は一節切ひとよぎりの竹にはね返されて、柄手つかでにきびしいしびれを感じたばかり。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血みどろな合掌と、銀五郎が最期の声を新たに思いうかべる時——またかかる夜かれの菩提心ぼだいしんは、知らず知らずにも一節切ひとよぎりの一曲をその霊にむけさせる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、ふと珍しく一節切ひとよぎりの竹を手にとって、歌口をしめした。嫋々じょうじょうとすさびだされる音は、かれの乱れた心腸しんちょうをだんだんにととのえてきた。無我、無想、月の秋。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お綱はそのうしろに待ちながら、もう、奥から洩れる一節切ひとよぎりの音に、吾を覚えず胸騒ぎをさせていた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あなた様も、その頃の、宗長流そうちょうりゅう一節切ひとよぎりを吹く虚無僧とは、すっかりお姿がお違い遊ばして……」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だがそれも、どこからか、思いがけない一節切ひとよぎりの音が流れてくるとともに、たかぶっていた幼い神経をなだめられて、シーンと深い静寂しじまに返ってバッタリと泣きやんだ。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その耳には、川長かわちょうの座敷で聞いた一節切ひとよぎり、その眼には打出ヶ浜の月の色がみえるのであろう。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法月弦之丞のりづきげんのじょうという者だが、その名前では覚えがなかろう。そうだ、ちょうど去年の夏ごろ、この立慶河岸をよく流していた、一節切ひとよぎりの巧みな虚無僧といえば思いだす筈……」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その夜そのまま、岡崎に残して来た裏町の一庵も、そこの机も、一節切ひとよぎり竹花生たけはないけも、また、隣のかみさんやら、近所の娘の眼やら、藩の人々の恨みやもつれやらも、今は一切、すべてを忘れ果てて。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——一節切ひとよぎりの」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)