“くりや”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
厨74.5%
廚10.3%
厨房7.6%
庖厨2.8%
位0.7%
厨口0.7%
厨屋0.7%
庖0.7%
庖廚0.7%
栗屋0.7%
繰屋0.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
兵の手で厨(くりや)へ届けられたものだという。この戦時下では手に入らない品々がならべてある。「取ッておけ」と言ってから、時親はまた
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「かしこまりました。大膳職(だいぜんしょく)はさっきからそのご命(めい)を待(ま)ちかねてうろうろうろうろ廚(くりや)の中を歩きまわっております」
四又の百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
卯木や久子も奥向きだけでなく、釜屋(かまや)から厨房(くりや)へまで出て、はたらいていた。——館(やかた)じゅうの清掃も今朝は日ごろとちがう丁寧(ていねい)さであった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜中に月が明(あかる)い時、寺の門を叩いたこともあったそうだし、人の庖厨(くりや)へ忍び込んで、鍋(なべ)の大(おおき)いのと飯櫃(めしびつ)を大屋根へ持って、あがって、手掴(てづかみ)で食べたこともあったそうだし
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そるば、どうしてん、発たずにやをられんて云ふととだるけん、こん位(くりや)あわけんわからん話てあるもんぢやなかと。
牛山ホテル(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
そんなことを話し合っていた或夜、厨口(くりや)に女のおとずれる声がした、老婢が出ていったが、不審そうな顔をして戻り、「若いお女中が旦那さまにお眼にかかりたいと申しますが」
山だち問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大番頭とのことであるが、——その嘉十郎が片手に、皿や小鉢を載せた黒塗の食膳を持ち、別の手に、飯櫃(めしびつ)を持って、厨屋(くりや)の方から、物々しい様子で歩いて来た。
鸚鵡蔵代首伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
不意の食事は此職業には有りがちなれば細君は騒ぎもせず庖(くりや)の方(かた)に退きて五分間と経(へ)ぬうち早や冷肉の膳を持出で二人の前に供したれば、二人は無言(むげん)の儘忙わしく喫(た)べ初めしも
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
心の水は沸(に)え立ッた。それ朝餉(あさがれい)の竈(かまど)を跡に見て跡を追いに出る庖廚(くりや)の炊婢(みずしめ)。サア鋤を手に取ッたまま尋ねに飛び出す畑の僕(しもべ)。家の中は大騒動。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
栗屋(くりや)君は人波に漂(ただよ)い乍(なが)ら左右前後に眼と注意とを振播(ふりま)き始めた。と、直(す)ぐ眼の前を歩いて居る一人の婦人に彼の心は惹付(ひきつけ)られた。形の好い丸髷(まるまげ)と桃色の手絡からなだらかな肩。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
本家を「繰屋(くりや)」と呼んでいた。綿を繰る家というのであったかと思う。辻川では昔は屋号がみな二言で、何々屋というのはなく、何屋、すなわち升屋とか角屋、鶴屋などという家ばかりであった。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)