鼾声いびき)” の例文
旧字:鼾聲
亭主役として、すこし今夜は元気に酒をまいった様子であったが、まるで若者のような大きな鼾声いびきいて熟睡しているではないか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬鹿野郎め、と親方に大喝されて其儘にぐづりと坐り沈静おとなしく居るかと思へば、散かりし還原海苔もどしのりの上に額おしつけ既鼾声いびきなり。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
車はゆるやかな坂道をば静かに心地よくせ下りて行く。突然足を踏まれた先刻さっきの職人が鼾声いびきをかき出す。誰れかが『報知新聞』の雑報を音読し初めた。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すぐに床をとらせて、ぐったりと横になると、間もなく、快い鼾声いびきが、今日の勝利に満足し切った彼の喉から、ゆったりしたリズムを以て、洩れて来るのだった。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
寝ているものは赤毛布あかげっとばかりである。これはまた呑気のんきなもんで、依然として毛布けっとから大きな足を出してぐうぐう鼾声いびきをかいて寝ている。それを長蔵さんが起す。——
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今にも雪の降って来そうな空模様なのに、ベンチの浮浪人達は、朗かな鼾声いびきをあげて眠っている。西郷さんの銅像も浪人戦争の遺物だ。貴方あなたと私は同じ郷里なのですよ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
肝心の美保子は、寝室の上に打ひしがれたように無力に横わって、軽い鼾声いびきを立てて居ります。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
荻生さんが一番先に鼾声いびきをたてた。「もう、寝ちゃった! 早いなア」と小畑が言った。その小畑もやがて疲れて熟睡じゅくすいしてしまった。清三は眼がさめて、どうしても眠られない。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
自分が寝入ったような気がして、自分の鼾声いびきが聞えた。……ここは言わずと知れたシンビールスク県の家だ。ただ妻の名を呼びさえすれば、すぐ返事が聞えるのだ。隣の部屋にはお袋がいる。
追放されて (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
石の音の間隔は次第に延びるばかりである。小男は蚊遣をくべ足して、暫く腕組をして考へ込んでゐる。さうすると主人がひどい鼾声いびきを掻き出した。小男は起つて主人のそばへ行つて揺り起した。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
小次郎の鼾声いびきが微かに聞える。——一時、ハタとんだ虫の音もふたたび何事もないように、そこらの草の露からすだき始めた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬鹿野郎め、と親方に大喝されてそのままにぐずりとすわりおとなしく居るかと思えば、散らかりし還原海苔もどしのりの上に額おしつけはや鼾声いびきなり。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私はどうしても寝つかれない兄さんの耳に、さかんな鼾声いびき終宵よもすがら聞かせたのだそうです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
枕元の有明行燈ありあけあんどんが消えなんとしていた。人はいなかった。次の間に誰やらの鼾声いびきが聞える。看護づかれの人々が、帯を解かずにごろ寝していた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕はもとより行くつもりでも何でもなかったのだから、この変化は僕に取って少し意外の感があった。気楽そうに見える叔父はそのうち大きな鼾声いびきをかき始めた。吾一もすやすや寝入ねいった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のびのびと横たわっている大きな四には、登子の裲襠うちかけが掛けてある。——ふと、鼾声いびきがやんだのは、少しは酔いがさめかけているのかもしれない。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酔わないつもりでも、かなりはらは酒浸しになっていた。大きな鼾声いびきのうちに行燈もいつか消えてしまう。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
桑十はその鼾声いびきに驚いて時折眼をさました程だった。——が、考えてみると、毎日、栗原山の上まで通った肉体の疲れと心労は、傍眼はために見ていてさえ並大抵ではなかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女の無事を知り、姿を見、ここまで離れて来ると、藤吉郎はもう常の彼に立ちかえっていた。一目散に家に帰った。そして眠ることになると実に屈託のない鼾声いびきであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
送ってきた兵は、典韋の体をゆり動かしたが、典韋の鼾声いびきは高くなるばかりであった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お延は、さすがに胴ぶるいを禁じ得ないかして、片手で乳を抱き締めながら、そッとあいの仕切りを開けると中は闇、そこは空間で、隔てた次の間には、目星をつけた侍の鼾声いびきがする。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宍戸ししど梅軒の寝息は天国を遊んでいた。梅軒はまた、鼻にやまいがあるとみえて、その鼾声いびきただならぬものだった。——武蔵はすこしおかしくなったとみえ、闇の中で思わず苦笑をゆがめる。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だのに、さも心地よげな鼾声いびきが、そこで聞えるではないか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつかぐうっと深い鼾声いびきをかきこんで——。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鼾声いびきの中の寝顔となっていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)