餅搗もちつ)” の例文
村では時ならぬ年越しのしたくで、暮れのような餅搗もちつきの音が聞こえて来る。松を立てた家もちらほら見える。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
煤掃すすはきも済み餅搗もちつきも終えて、家の中も庭のまわりも広々と綺麗きれいになったのが、気も浮立つ程嬉しかった。
守の家 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
歳暮の町には餅搗もちつきの音が起こっていた。花屋の前には梅と福寿草をあしらった植木鉢が並んでいた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それからまた庭に這入はいって、餅搗もちつき用のきねを撫でてみた。が、またぶらぶら流し元まで戻って来るとまないたを裏返してみたが急に彼は井戸傍いどばた釣瓶つるべの下へした。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
としいちを観ないでも、餅搗もちつきや煤掃すすはきの音を聞かないでも、ふところ手をして絵草紙屋の前に立ちさえすれば、春の来るらしい気分は十分に味わうことが出来たのである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
都でははれの春着もとうに箪笥の中に入って、歌留多会の手疵てきずあとになり、お座敷ざしきつゞきのあとに大妓だいぎ小妓のぐったりとして欠伸あくびむ一月末が、村の師走しわす煤掃すすはき、つゞいて餅搗もちつきだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
わたくしは兄弟と云う者がない身の上でございますゆえ、今年からおそなえ取遣とりやりを致します、明日みょうにちあたり餅搗もちつきを致しますから、すぐにお供をお届け申しますが、うぞ幾久しく御交際を願います
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
本陣の勝手口の木戸をあけたところにいてある土竈どがまからはさかんに枯れ松葉の煙のいぶるような朝が来た。餅搗もちつきの時に使う古い大釜おおがまがそこにかかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
本家の参右衛門の家では、夕暮から餅搗もちつきをやり出した。例の鳥の巣の祝いである。大力の天作が搗くのでたちまち一臼が出来上り、私たちも鳥の巣餅を食べる。さみしい希望——
白足袋に高足駄の坊さんが、年玉を入れた萌黄もえぎの大風呂敷包をくびからつるして両手でかかえた草鞋わらじばきの寺男を連れて檀家だんかの廻礼をしたりする外は、村は餅搗もちつくでもなく、門松一本立つるでなく
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
雪で、今日は新聞がぬ。朝は乳屋ちちや、午後は七十近い郵便ゆうびん配達はいたつじいさんが来たばかり。明日あす餅搗もちつきを頼んだので、隣の主人あるじ糯米もちごめを取りに来た。其ついでに、かし立ての甘藷さつまいもを二本鶴子にれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)