雪消ゆきげ)” の例文
平次が行つた時は道だけは泥濘ぬかるみをこね返してをりましたが、田圃も庭も雪に埋もれて、南庇みなみびさしから雪消ゆきげしづくがせはしく落ちてゐる風情でした。
あのつんとすまし、ぬけぬけと白膚を天にそびえ立たしている伯母の山が、これだけは拭えぬ心の染班しみのように雪消ゆきげの形に残す。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
村端れの溝に芹の葉一片ひとつ青んでゐないが、晴れた空はそことなく霞んで、雪消ゆきげの路の泥濘ぬかるみの處々乾きかゝつた上を、春めいた風が薄ら温かく吹いてゐた。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
出發前、その旅先の苫小牧とまこまいでと計畫けいくわくしてゐた處女作しよぢよさく雪消ゆきげの日まで」は可成かなりな苦心努力にも拘らず、遂に一部分をさへ書き上げることが出來なかつた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
春にいたれば長じて三寸あまりになる、これをばかならずらぬ事とす。此子鮏こさけ雪消ゆきげの水にしたがひて海に入る。海に入りてのちさけたるはらがつしてちやうをなすと漁父ぎよふがいへり。
エルベがは上流の雪消ゆきげにはちす葉の如き氷塊、みどりの波にただよふとき、王宮の新年はなばなしく、足もとあやう蝋磨ろうみがきの寄木よせぎみ、国王のおん前近う進みて、正服うるはしき立姿を拝し
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
何処どこにか、雪消ゆきげの匂いを残しながら、梅も、桜も、桃も、山吹やまぶきさえも咲き出して、かわずの声もきこえてくれば、一足外へ出れば、野では雉子きじもケンケンと叫び、雲雀ひばりはせわしなくかけ廻っているという
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
痩屈やさかみ冷えしわが胸は、雪消ゆきげに濕り、冬過ぎて
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
雪消ゆきげの岡のせせらぎや
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
平次が行った時は道だけは泥濘ぬかるみをこね返しておりましたが、田圃も庭も雪に埋もれて、南庇みなみびさしから雪消ゆきげしずくがせわしく落ちている風情でした。
村端むらはづれの溝にせりの葉一片ひとつあをんではゐないが、晴れた空はそことなく霞んで、雪消ゆきげの路の泥濘ぬかるみの処々乾きかゝつた上を、春めいた風が薄ら温かく吹いてゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それはその半年ほど前からひそかに想をかまへてゐた「雪消ゆきげの日まで」とふ百枚ばかりの處女作しよぢよさくをここで書き上げようとふ希望が、私の全身を刺戟しげきしてゐたからだつた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
エルベがわ上流の雪消ゆきげにはちす葉のごとき氷塊、みどりの波にただようとき、王宮の新年はなばなしく、足もと危うき蝋磨ろうみがきの寄木よせきをふみ、国王のおん前近う進みて、正服うるわしき立ち姿を拝し
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)