うたひ)” の例文
旧字:
うたひについて多少の知識をもつてるのは私だけだつたが——父が謡をやつてたので——私が誘つたわけではなかつたらう。
能の見はじめ (新字旧仮名) / 中勘助(著)
そと百番のうたひに見えし松山かゞみといふも此地也。そのうたひにある鏡が池の古跡こせきもこゝにあり、今は池にもあらぬやうにうづもれたれど、そのあととてのこれり。
仁兵衛にへゑうたひの上手で、それに話上手であつた。仁兵衛はいつも日の暮方になると丘陵にのぼつて川に沿うた村だの山ふところに点在してゐる村だのを眺める。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
が、実はうたひも習はず、能に関する智識などは全然持ち合はせてゐないのだから、当てにならないのは勿論である。しかし短い新氏の詞は確かに僕に戦慄を与へた。
金春会の「隅田川」 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ヴイオリンの音の起る頃には、うたひをうたふ声も聞えて来た。それは崖の下に当つて三、四軒並んで立つてゐる一番端の家からで、高い樫の木立で囲まれた二階家である。華族だとか聞いた。
秋の第一日 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
のうのうとうたひのこゑはそろひけり陸ひとつ見ぬ海に来にける
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
是則は、だしぬけに、妙な声でうたひをうたひ出す。
秘密の代償 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
隠れ住んで花に真田さなだうたひかな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
しかしうたひ浄瑠璃じやうるりにある通り、不毛の孤島に取り残された儘、しかもなほ悠悠たる、偉い俊寛を考へられぬではない。唯この巨鱗きよりんとらへる事は、現在の僕には出来ぬのである。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さて神使へ烟盆たばこぼん茶吸物膳部をいだし、数献すこんをすゝむ。あらためてむこに盃をあたふ、(三方かはらけ)肴をはさむ、献酬とりやりこんをかぎる、盃ごとに祝義の小うたひをうたふ。ことをはりて神使じんしる。
書、篆刻てんこくうたひまひ、長唄、常盤津ときはず歌沢うたざは、狂言、テニス、氷辷こほりすべとう通ぜざるものなしと言ふに至つては、誰か唖然あぜんとして驚かざらんや。然れども鹿島さんの多芸なるは僕の尊敬するところにあらず。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)