角張かくば)” の例文
あたしは十歩ほど離れて、後にしたがった。夫の手術着の肩のあたりは、醜く角張かくばって、なんとも云えないうそ寒い後姿だった。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こっちへ向き直って、自分を誘い出そうとつとめる顔つきを見ると、頬骨の下が自然じねんと落ち込んで、落ち込んだ肉が再びあごわく角張かくばっている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いや、別に詮議というほどの角張かくばったことじゃねえ。ただわたしの心得のために少し訊いて置きたいことがあるのだ」
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
広い角額かくびたい、大きな耳、遠いところを見ているような目、彼がその画像から受けた感じは割合に面長おもながで、やせぎすな、どこか角張かくばったところのある容貌ようぼうの人だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私の直ぐ傍のドアが開いて、一人の召使ひが出て來た——三十から四十位までの女で、がつしりした、四角張かくばつた體付からだつきで、赤い髮の、きつくて、美しくない顏をしてゐた。
徳蔵とくぞうさんは、細長ほそながかおをしていましたが、その兵士へいしは、角張かくばったかおつきをしていました。
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
「まあ、そう四角張かくばらんでもよい」忠相は声を笑わせて、「もそっと寄れ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
背が高く、金髪で、あから顔で、あぶらぎって、肥満して、角張かくばって、ばかに大きく、そしてすばしこいテナルディエの上さんを、読者はたぶん彼女が初めて舞台に現われて以来記憶しているであろう。
それが彼の狭い角張かくばって突き出た額に影を落し、耳を隠し、やせた頬をふちどっている。どんな良心の懊悩、どんな狐疑、どんな自己虐待が、この頬をかくもおちくぼませる力を持っていたのだろう。
神の剣 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
たゞ角張かくばつていたあとのあるようにえるだけのものでせう。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
「僕も親父は横顔丈けでしたが、角張かくばりとは目を見合せました」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
並びそびゆる櫓には丸きもの角張かくばりたるものいろいろの形状はあるが、いずれも陰気な灰色をして前世紀の紀念きねん永劫えいごうに伝えんと誓えるごとく見える。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の主人の血ののないオリイヴ色の顏、角張かくばつた廣いひたい、太い漆黒の眉、引込んだ眼、きつい相、きつと引き締めた、苦味走にがみばしつた口許——すべての、活氣、決斷、意志——は
なれない百しょうだな。」とおもって、かれも、まって、そのかお見上みあげますと、赤銅色しゃくどういろけて、角張かくばったかおは、なんとなく、残忍ざんにんそうをあらわして、あちらをにらんで
死と話した人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この男に比べると角張かくばったあごの、厚唇あつくちびるの長蔵さんなどは威風堂々たるものである。のみならず茨城の田舎を突っ走ったのみで、いまだかつて東京の地を踏んだことがない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あんなに無粋ぶいき肩幅かたはばのある人とは思わなかった。あんなに角張かくばったあごの所有者とは思わなかった。君の風丰ふうぼうはどこからどこまで四角である。頭まで四角に感じられたから今考えるとおかしい。
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)