芦荻ろてき)” の例文
そのゆうべ、渡良瀬川の芦荻ろてきの中に小舟をひそめて、彼は身をつつむ蓑笠みのかさに、やがて、じっとり降りてくる晩春のおもたい夜を待っていた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
岸の芦荻ろてきに、その根元にたぷたぷと打寄せて来てゐる濁流に、遠い空に捺されたやうにあらはれて見えてゐる風車に、微かに岸に残つてゐる桃の花に
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
またこの地方には川や沼が多く、枯れた芦荻ろてきや裸になった苅田には、鴨、雁、鷺などが群をなして、やかましく飛び立ったり、舞いおりたりしていた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鬼界きかいが島の海岸。荒涼こうりょうとした砂浜すなはま。ところどころに芦荻ろてきなどとぼしくゆ。向こうは渺茫びょうぼうたる薩摩潟さつまがた。左手はるかに峡湾きょうわんをへだてて空際くうさい硫黄いおうたけそびゆ。いただきより煙をふく。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
芦荻ろてきの茂った所々の砂洲すなずも、跡かたなく埋められてしまったが、この二つの渡しだけは、同じような底の浅い舟に、同じような老人の船頭をのせて、岸の柳の葉のように青い河の水を
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それまで河波の音と芦荻ろてきの声しかなかった附近の闇がいちどに赤くなった。そして一発の轟音ごうおんが天地のしじまを破るとともに
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水量の多い今は巴渦うづを巻いて流れて居るところもあつた。渡船とせん小屋が芦荻ろてきの深い茂みの中から見えて居たり、帆を満面にはらませた船が二艘も三艘も連つてのぼつて来るのが見えたりした。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
祥瑞しよんずゐ江村かうそんは暮れかかつた。藍色あゐいろの柳、藍色の橋、藍色の茅屋ばうをく、藍色の水、藍色の漁人ぎよじん、藍色の芦荻ろてき。——すべてがやや黒ずんだ藍色の底に沈んだ時、忽ち白々しらしらと舞ひあがるお前たち三羽の翼の色。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
まさに、ここ梁山泊も、芦荻ろてきすいをへだてるのみで、ぐるりと、彼方の岸は、官軍の猛威に包囲され終った形とはなってきた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
岸には芦荻ろてきや藻が繁つて、夕日がみぎはを赤く染めた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
小屋の奥へ隠れたと思うと、彼は一張りの弓を持って現われ、大きな鏑矢かぶらやをつがえて、はるか水面遠き芦荻ろてきの彼方へ向って、びゅっんと、つるをきった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山東は済州さいしゅうこうに臨んだ水郷すいごうで、まわり八百里の芦荻ろてきのなかにとりでをむすぶ三人の男がいます。——頭目かしら王倫おうりんといい、その下には宋万そうまん杜選とせんと申して、いずれも傑物。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど芦荻ろてきは深く、その蕭々しょうしょうは何処もかしこも同じに見えて、小舟は、なかなか見つからない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして芦荻ろてきの間を見まわし、対岸に渡る舟を探し求めていると、一頭の馬を曳いた男が
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)