紛紜ふんうん)” の例文
愛に於ける一切の、葛藤かつとう紛紜ふんうん、失望、自殺、疾病しつぺい等あらゆる恐るべき熟字は皆婚姻のあるに因りて生ずる処の結果ならずや。
愛と婚姻 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
世事せいじ紛紜ふんうんとして慨嘆を長うす、人情浮薄にして日に推移す。知るやいなや十ゆう三年の後、頑鈍がんどん依然としてひとを守るを。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
けれども要するに、自分の身の廻りの言わん方なき苦しき紛紜ふんうんは、いつにお浜の心から来ていると、思えば思えるのである。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
長閑のどかにこの春光に向かわば、詩人ならざるもしばらく世俗の紛紜ふんうんを忘れうべきを、春愁堪え難き身のおとよは、とても春光を楽しむの人ではない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
新島君の死後同志社も一時紛紜ふんうんのためにすこぶる悲況に陥ったが明治二十九年我輩が再び外務大臣になった時にまた偶然にもその処置調停に関係する事となり
という意味は傍観者である間は、他に対する道義上の要求がずいぶんと高いものなので、ちょっとした紛紜ふんうんでも過失でも局外から評する場合には大変からい。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俊助は野村の手紙をひらいた時、その半切はんきれうずめているものは、多分父親の三回忌に関係した、家事上の紛紜ふんうんか何かだろうと云う、おぼろげな予期を持っていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
家庭の紛紜ふんうんを複雑にするそれらのこまかな不祥事が常にあるもので、たとい根本においてはそのために不正が増大するものではないとしても、損失はそのために大きくなるものである。
昔の地名は風流には相違ないが往々にして家々の呼ぶところが一致せず、訴訟紛紜ふんうんの種となりやすいために地租改正を機として区劃を整理しかつ断然新たな地名と取り換えたのであろうと思う。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
朝茶を飲みながら昨夜の恋の紛紜ふんうんを考え出し熱く邪気ない恋をしてくれた小娘をああした邪慳じゃけんな捨て方で捨ててしまったのがどうやら残り惜しくも思われれば、またあのような下流な女に関係かかわって
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もとよりこの二流は、はじめより元素を殊にするものなれば、とうてい親和抱合ほうごうすべからざるものと思わるれども、人事紛紜ふんうんの際にはおもいのほかなる異像を現出するものなり。近くその一例を示さん。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
民事訴訟の紛紜ふんうん、及び余り重大では無い、武士と武士との間に起ったので無い刑事の裁断の権能をもそれに持たせた。公辺からの租税夫役等の賦課其他に対する接衝等をもそれにゆだねたのであった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
人よ、汝し一念心に信ずる所あらば、外界の紛紜ふんうんに迷ふ事なかれ。躊躇する事勿れ。顧慮する勿れ。敵たるを敵とせよ。我が最強の味方は我なりと知れ。心眼をひらいて自家胸中の宇宙を仔細に観よ。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかし保胤ははやくより人間の紛紜ふんうんにのみ心は傾かないで、当時の風とは言え、出世間の清寂の思にむねみていたので、親王の御為に講ずべきことは講じ、おしえまいらすべきことは訓えまいらせても
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
毘婆舎那びばしゃな三行さんぎょう寂静じゃくじょう慧剣えけんぎ、四種の悉檀しったんに済度の法音を響かせられたる七十有余の老和尚、骨は俗界の葷羶くんせんを避くるによってつるのごとくにせ、まなこ人世じんせい紛紜ふんうんきて半ばねむれるがごとく
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)