ひとみ)” の例文
首をひねった、「つまりもっとも肝心なもの、竜の眼、要するに点ずべきひとみといったふうなものが、この辺になくてはならないと思う」
扇野 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
聞くだけでもう魂がかきむしられる思いのするその地獄のような風音かざおとこそ、あたり一帯のむざんな光景にひとみを点ずるものなのだが、その音のなかからは
折々雲裂けそら破れて紫色むらさきの光まばゆく輝きわたる電魂いなだまの虚空に跳り閃く勢い、見る眼のひとみをも焼かんとす。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
方棟は不思議な車もあったものだと思いながら家へ帰ってきたが、どうも目のぐあいが悪いので、人に瞼をあけて見てもらうと、ひとみの上に小さなくもりが出来ていた。
瞳人語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
皆顔はうるしのように黒くて、そのひとみざくろよりも大きかった。怪しい者は叟をつかんでいこうとした。汪は力を出して奪いかえした。怪しい者は舟をゆりだしたのでともづなが切れてしまった。
汪士秀 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
小野さんは自分の手元から半切れを伝わって机掛の白く染め抜かれているあたりまで順々に見下して行く。見下した眼の行きどまった時、やむを得ず、ひとみを転じてロゼッチの詩集をながめた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いまだうを得ず、奴戸に当りって弓を張りを挟み刀を抜く、然、盤中の肉飯を以て狗に与うるに狗噉わず、ただひとみを注ぎ唇をねぶり奴をる、然、またこれを覚る、奴食を催すうたた急なり、然
画竜のひとみの一点を見出しましょう。そうすれば
梅花のにおいぷんとしたに振向ふりむけば柳のとりなり玉の顔、さても美人と感心した所では西行さいぎょう凡夫ぼんぷかわりはなけれど、白痴こけは其女の影を自分のひとみの底に仕舞込しまいこんで忘れず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ふくろうはねが生えて、母鳥おやどりひとみをつッつくのとおんなじようなことをしようというのですか
青蛙神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とどめられたるそで思いきって振払いしならばかくまでの切なるくるしみとはなるまじき者をと、恋しを恨む恋の愚痴、われから吾をわきまえ難く、恍惚うっとりとする所へあらわるゝお辰の姿、眉付まゆつきなまめかしく生々いきいきとしてひとみ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)