現世げんぜ)” の例文
若い身空みぞらを働きもせず、現世げんぜの慾望をも満たそうともせずにいることが残念でならなかった。彼は「いまいましい」という言葉を使った。
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
もし未来あるときは、現世げんぜ八六陰徳善功も八七来世のたのみありとして、人しばらくここに八八いきどほりをやすめん。
それは僕にも覚えのある親和力の一例に違いなかった。同時に又現世げんぜを地獄にする或意志の一例にも違いなかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
野風呂を浴びて、田舎醸いなかづくりの一しゃくをかたむけた後、手枕のうつらうつらに、かわずの声を聞いていると、何もかも現世げんぜのものでなくなるように忘れてしまう。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
閼伽あか香華こうげの供養をば、その妻女一人につかさどらしめつゝ、ひたすらに現世げんぜの安穏、後生の善所を祈願し侍り。されども狂人の血をけ侍りし故にかありけむ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その上に不幸のために僧と同じような暮らしをあそばして、現世げんぜの夢は皆捨てておしまいになったのである。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
我をして心を天堂に置かしむる淑女、さちなき人間の現世げんぜを難じつゝその眞状まことのさまをあらはしゝ時 一—三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
我は久遠くをんの真理をたづね、妻は現世げんぜの虚栄に奔る。我深く妻をあはれめども妻の為に道を棄て、親を棄て、己れを棄つる能はず。真実二途なし。乃ち心を決して相別る。その前後の歌。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ゴーゴン・メジューサとも較ぶべき顔は例にって天地人を合せて呪い、過去現世げんぜ未来にわたって呪い、近寄るもの、触るるものは無論、目に入らぬ草も木も呪いつくさでは已まぬ気色けしきである。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心は浄土じょうどに誘われながら、身は現世げんぜに繋がれている。私たちはこの宿命をどう考えたらよいか。異なる三個の道が目前に開けてくる。現世を断ち切って浄土に行くか、浄土を見棄てて現世に走るか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
現世げんぜにしては、ひとつなり
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
現世げんぜはえを引き𢌞はす
不可能 (旧字旧仮名) / エミール・ヴェルハーレン(著)
若い身空みぞらを働きもせず、現世げんぜの慾望をも満たさうともせずにゐることが残念でならなかつた。彼は『いまいましい』といふ言葉を使つた。
遍路 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
(微笑)伴天連ばてれんのあなたを疑うのは、盗人ぬすびとのわたしには僭上せんじょうでしょう。しかしこの約束を守らなければ、(突然真面目まじめに)「いんへるの」の猛火に焼かれずとも、現世げんぜばちくだる筈です。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
現世げんぜにしては、ひとつなり
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
その時にはもういつのまにか大きな月が出て、高野の満山を照らして居り、空気が澄んでいるので光が如何いかにも美しく、悪どく忙しくせっぱつまった現世げんぜでも、やはり身に沁みるところがあった。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その時にはもういつのまにか大きな月が出て、高野の満山を照らして居り、空気が澄んでゐるので光が如何いかにも美しく、あくどく忙しくせつぱつまつた現世げんぜでも、やはり身にみるところがあつた。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)