無人むにん)” の例文
そうして黄色い声や青い声が、梁をまと唐草からくさのように、もつれ合って、天井からってくる。高柳君は無人むにんきょうに一人坊っちでたたずんでいる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
成経 蘇武そぶ胡国ここくとの戦争に負けて、異域いいき無人むにんの山にえたけもののようになって、十五年間もさまよい暮らしました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
また全館のうち、帳場なり、客室きゃくまなり、湯殿なり、このくらい、辞儀じぎ斟酌しんしゃくのいらない、無人むにんきょうはないでしょう。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おくの一間へ呼入れ時候じこう挨拶あいさつをはり扨云やう今日其方をまねきしは別儀にも非ず此兩三年はお屋敷やしきの御用も殊の外鬧敷いそがしく相成ど店の者無人むにんにて何時も御用の間を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
無人むにんの留守宅を助三郎は兄の栄太に頼んだのかも知れない。が、平常ふだんから兄弟仲の余りよくなかったと言う人々のひそひそ話を勘次はそれとなく小耳に挾んだ。
またこれを下山せしめんことは無論当人の本意に非ざるべしなど、これを患者に語ることの、やまいさわりあらんを思い、ひとり自ら憂慮に沈みたりしが、もとこれ無人むにんの境
人々は彼と朝日照り炊煙すいえん棚引たなびき親子あり夫婦あり兄弟きょうだいあり朋友ほうゆうあり涙ある世界に同居せりと思える、彼はいつしか無人むにんの島にその淋しき巣を移しここにその心を葬りたり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
無人むにんの白い塔を押し流す寒流かんりう
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
そこへ騾馬らばを六頭も着けた荷車がくるのだから、牛を駆るようにのろく歩いたって危ない。それだのに無人むにんさかいを行くがごとくに飛ばして見せる。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無人むにんの境だと聞いただけに、蛇類のおそれ、雑草が伸茂って、道をおおうていそうだったのが、敷石が一筋、すっと正面の階段まで、常磐樹ときわぎの落葉さえ、五枚六枚数うるばかり
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分はこう云う状態で、無人むにんさかいを行くような心持で、親方のうちまでやって来た。案内を頼むと、うちから十五六の娘が、がらりと障子しょうじをあけて出た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人は煢々けいけいとして無人むにんきょうを行く。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)