浪人ろうにん)” の例文
「主取りはもうこりこりじゃて、固苦しい勤仕きんじは真平じゃ。天涯独歩てんがいどっぽ浪人ろうにんの境涯が、身共には一番性に合うとる。はっはっは。」
その群集ぐんしゅうのなかに立って、かれの挙動きょどう凝視ぎょうししているふたりの浪人ろうにん——深編笠ふかあみがさまゆをかくした者の半身はんしんすがたがまじって見えた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしの夫、一番いちばん半兵衛はんべえ佐佐木家ささきけ浪人ろうにんでございます。しかしまだ一度も敵の前にうしろを見せたことはございません。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
浪人ろうにん同様で、昔にくらべたら、尾羽うち枯らさないばかりのていたらくだって、よく弟ともそう申しては笑うこってございますよ
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こないだも、水戸みと浪人ろうにんだなんていう人が吾家うちへやって来て、さんざん文句を並べたあげくに、何か書くから紙と筆を貸せと言い出しました。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
博雄は当時八歳であって、親の手もとを全く離れたことはない。浪人ろうにんの子であるから、殆んど旅行したこともない。それが果して疎開にえるであろうか。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
吾れからてぬきに、向うからさっさと片づけてもらうのは、魯智深ろちしんひげではないが、ちと惜しい気もちがせぬでもなかった。兎に角彼は最早浪人ろうにんでは無い。無宿者でも無い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
(二)「農家義人伝」、「本朝ほんちょう姑妄聴こもうちょう」(著者不明)等によれば、伝吉の剣法けんぽうを学んだ師匠は平井左門ひらいさもんと云う浪人ろうにんである。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「父はもと甲州二十七しょうの一人であったが、拙者のだいとなってからは天下の浪人ろうにん大津おおつの町で弓術きゅうじゅつ指南しなんをしている山県蔦之助ともうすものじゃ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かの志士と云い、勇士と云い、智者と云い、善人と云われたるものもここにおいてかたちまちに浪人ろうにんとなり、暴士となり、盲者となり、悪人となる。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
にわかに講武所こうぶしょの創設されたとも聞くころで、旗本はたもと御家人ごけにん陪臣ばいしん浪人ろうにんに至るまでもけいこの志望者を募るなぞの物々しい空気が満ちあふれていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ところが、ここにも、浪人ろうにん生活らしいものがからみついている。その前日友人が訪問ほうもんして来て、碁を打ち出したのである。夜もおそくなり、暁になった。碁というものは厄介やっかいなものである。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
命令も下さないのに勝手な軍歌をうたったり、軍歌をやめるとワーと訳もないのにときの声をげたり、まるで浪人ろうにんが町内をねりあるいてるようなものだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
南蛮寺なんばんじ絵蝋燭えろうそくは一つ一つふき消されて、かなたこなたからりだされた四、五十人の浪人ろうにんが、いずれも覆面黒装束ふくめんくろしょうぞくになって、荒廃こうはいした石壁いしかべ会堂かいどうへあつまってくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)