汎濫はんらん)” の例文
クリストフはそれらの詩の汎濫はんらん中に迷い込みおぼれ沈んでしまって、散文の方に移っていった。そこには次のような人たちがいた。
群衆はあのときから絶えず地上に汎濫はんらんしているようだ。僕は雑沓ざっとうのなかをふらふら歩いて行く。僕はふらふら歩き廻っている。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
〔譯〕心理しんりは是れたての工夫なり、愽覽はくらんは是れよこの工夫なり。たての工夫は、則ち深入しんにふ自得じとくせよ。よこの工夫は、則ち淺易せんい汎濫はんらんなれ。
あるいは門前の川が汎濫はんらんして道路を浸している時に、ひざまでも没する水の中をわたり歩いていると、水の冷たさがももから腹にしみ渡って来る
笑い (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
利根川とねがはながれ汎濫はんらんして、に、はたけに、村里むらざとに、みづ引殘ひきのこつて、つきとしぎてもれないで、のまゝ溜水たまりみづつたのがあります。……
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
海なる嬰児が母の胎内より湧き出でて、浩々蕩々こうこうとうとうまさに全地をおおわんとした時、戸を以てこれを閉じて汎濫はんらんを防ぎしは誰であるかと八節は問う。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
これは荒川の河流が放水路の開通と共に、如何に険悪な天候にも決して汎濫はんらんする恐れがなくなったためかとも思われる。
水のながれ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
などと考えながら思わず胸をついて出る吐息とともに空を眺めやると、小さな鉄格子の窓に限られたはるかな空は依然白いほのおのような日光に汎濫はんらんして
(新字新仮名) / 島木健作(著)
即ち、戦争の終ると共に欧米文化は日本に汎濫はんらんし日本文化はたちまち場末へ追いやられる。芸人にカタギがなくては浮かぶ瀬がない。芸の魂は代用品では間に合わぬ。
芸道地に堕つ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その遅くから大雨になって風がそれに添うて来た。雨と風は次第に強くなるばかりであった。高岡町たかおかまちそばを流れている仁淀川によどがわは、たちま汎濫はんらんして両岸の堤防が危険になって来た。
水面に浮んだ女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
舞台で女の裸体を見せるようになった事をわたくしが初めて人から聞伝えたのは、一昨年(昭和廿二年)の秋頃、利根川汎濫はんらんの噂のあった頃である。
裸体談義 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それはちょうど大河の堤を切り放したように、生命への欲望が一度に汎濫はんらんした。と思うと大きな恐ろしいうなり声のようなものが聞こえて目をさました。
Liber Studiorum (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
人間のなかにある不可知の装置。人間の核心。人間の観念。観念の人間。洪水のように汎濫はんらんする言葉と人間。群衆のように雑沓ざっとうする言葉と人間。言葉。言葉。言葉。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
すべてそれらの、空粗な愛情、空粗な情緒、空粗な憂愁、空粗な詩、などの汎濫はんらん……。
しかして現在洪水こうずいのごとく物理学の領土を汎濫はんらんしつつある素量の観念の黙示のごとくにも響くのではあるまいか。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
最初河水かすい汎濫はんらんを防ぐために築いた向島の土手に、桜花おうかの装飾を施す事を忘れなかった江戸人の度量は、都会を電信柱の大森林たらしめた明治人の経営に比して何たる相違であろう。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
恐るべきゲルマン多感性の水門が、切って放たれていた。その多感性は強者の元気を希薄にし、弱者を灰色の水の下におぼらしていた。一つの汎濫はんらんであった。ドイツの思想がその底に眠っていた。
この分にてもう二、三日晴れやらずば諸河しょか汎濫はんらん鉄道不通米価いよいよ騰貴とうきいたすべしと存候。さて突然ながらかのお半事このほどいささか気に入らぬ仕儀有之これあり彩牋堂より元の古巣へ引取らせ申候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)