水気すいき)” の例文
旧字:水氣
破れ畳の上から、往来の砂の中へ、斜めにのばした二の腕には、水気すいきを持った、土け色の皮膚に、鋭い齒の跡がつ、紫がかって残っている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、前後の対手あいて二息ふたいきかけると、たちまち、かれのすがたは一じょう水気すいきとなって、あるがごとくなきがごとく乱打の武器もむなしく風を斬るばかり。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
林はまだ夏の緑のそのままでありながら空模様が夏とまったく変わってきて雨雲あまぐもの南風につれて武蔵野の空低くしきりに雨を送るその晴間には日の光水気すいき
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
霧とも云えないはどの微細な水気すいきが、薄くたなびいていて、それがあらゆるものに仄白い衣をきせています。
根の方で水気すいきを吸い揚げ、漸々手足へ登るように枝葉の繁りまするので、人間も口で物を喰い、胃でこなし、滋養分は血液に化して手足へ循環致すと同じことで
つぐみの群れが、牧場まきばからかえりに、かしわ木立こだちの中で、ぱっとはじけるように散ると、彼は、眼を慣らすために、それを狙ってみる。銃身が水気すいきで曇ると、袖でこする。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
人の気配もせぬので、のぞいて見るとすみっこの青くいたサイダー瓶の棚の前に、鱗光りんこう河魚かわうおの精のようなおやじが一人、しょぼんと坐っていた。ぼうと立つのは水気すいきである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
手をきよめに前夜雨戸をあくれば、鍼先はりさきを吹っかくる様な水気すいきが面をって、あわてゝもぐり込む蒲団の中でも足の先がちぢこまる程いやにつめたい、と思うと明くる朝は武蔵野一面の霜だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と見れば常さえつややかな緑の黒髪は、水気すいきを含んで天鵞絨びろうどをも欺むくばかり、玉と透徹るはだえは塩引の色を帯びて、眼元にはホンノリとこうちょうした塩梅あんばい、何処やらが悪戯いたずららしく見えるが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
コメカミのあたりから水気すいきが…………ヒッソリとしたたる。
月蝕 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まるで水気すいきになやんでいる六角時計のようなものだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その母親は、水気すいきふくらんだ財布が、ゆさゆさ揺れる。それが邪魔なので、子供を頭ではね飛ばす。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
そこで床の中でまじまじしていると、ふと鼻がいつになく、むずかゆいのに気がついた。手をあてて見ると少し水気すいきが来たようにむくんでいる。どうやらそこだけ、熱さえもあるらしい。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
著しく水気すいきを含んだ北風が、ぱっ/\と顔をって来た。やがて粒だった雨になる。らいも頭上近くなった。雲見くもみ一群ひとむれは、急いで家に入った。母屋おもやの南面の雨戸だけ残して、悉く戸をしめた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
長く立っているか腰掛けているかしたら足に水気すいきがきて脹れそうな、そういう締りのたりないところがあり、そのくせ頬の肉附にちょっとけんがあり、その代り眉に柔かな円みがあって眼が細かった。
その水とも霧ともつかない水気すいきが、室の中まで押しこんできます。
それに水気すいきが少しあるようですから。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)