毬栗頭いがぐりあたま)” の例文
すると父はいつでも「うん。よしよし。」と云って、私の毬栗頭いがぐりあたまを抱いて、寄席よせで聞いてきた落語や講釈の話をしてきかせてくれた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
彼の頭には願仁坊主がんにんぼうずに似た比田の毬栗頭いがぐりあたまが浮いたり沈んだりした。猫のようにあごの詰った姉の息苦しくあえいでいる姿が薄暗く見えた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
関翁を先頭せんとうにどや/\入ると、かたばかりのゆか荒莚あらむしろを敷いて、よごれた莫大小めりやすのシャツ一つた二十四五の毬栗頭いがぐりあたまの坊さんが、ちょこなんとすわって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
意地の悪い奴はつむじが曲っていると申しますが毬栗頭いがぐりあたまにてはすぐわかる。頭のつむじがここらに(手真似にて)こう曲がっている奴はかならず意地が悪い。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ところが或事に気付いた私は悸然ぎょっとしました、ほかでもありません。中谷なら髪を長く伸している筈ですのに、いま映った影法師はたしか毬栗頭いがぐりあたまだったではありませんか。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
たちまち、爺の目には韋駄天の姿があり/\と見えて来るのでした。韋駄天は毬栗頭いがぐりあたまで赤金色の顔で、目は恐ろしくりあがつて、手にはピカ/\光る剣を持つてゐました。
天童 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
毬栗頭いがぐりあたまを包んだ破れ手拭てぬぐいの上には、え返った晩秋の星座が、ゆるやかに廻転していた。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
部屋を出るとき、ふりかえってみると、大川巡査部長は長椅子の上にドッカと腰うちかけ、帽子を脱いていたが、毬栗頭いがぐりあたまからはポッポッポッと、さかんに湯気が上っているのが見えた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
宇治山田の米友もまた、こんな口小言くちこごとを言いながら、闇と靄の中の夜の甲府の町を、例の毬栗頭いがぐりあたまで、跛足びっこを引いて棒を肩にかついで、小田原提灯を腰にぶらさげて走って行く一人であります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
持つてゐた枇杷びはの實を投げ棄てて、行きなり妻の膝の上にどつかと馬乘りに飛び乘り、そして、きちんとちがへてあつた襟をぐつと開き、毬栗頭いがぐりあたまを妻の柔かい胸肌に押しつけて乳房に喰ひついた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
一体かしこまるべきものがおとなしくひかえるのは別段気にするにも及ばんが、毬栗頭いがぐりあたまのつんつるてんの乱暴者が恐縮しているところは何となく不調和なものだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小鼻の左右に展開した、一銭銅貨くらいの眼をつけた、毬栗頭いがぐりあたまにきまっていると自分で勝手にめたのであるが、見ると考えるとは天地の相違、想像は決してたくましくするものではない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
忽然こつぜんとして午睡の夢から起きた黒田さんは器械的にえにしの糸を二人の間に渡したまま、朦朧もうろうたる精神を毬栗頭いがぐりあたまの中に封じ込めて、再び書生部屋へ引き下がる。あとはもと空屋敷あきやしきとなる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてそれが人間の毬栗頭いがぐりあたまであった。——広い部屋には、自分とこの二人をのぞいて、誰もいない。ただ電気灯がかんかんいている。大変静かだ、と思うとまた下座敷でわっと笑った。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その隠れているあたりから、しばらくすると大きな毬栗頭いがぐりあたまがぬっと現われた。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
林が尽きて、青い原を半丁と行かぬ所に、大入道おおにゅうどうの圭さんが空を仰いで立っている。蝙蝠傘こうもりは畳んだまま、帽子さえ、かぶらずに毬栗頭いがぐりあたまをぬっくと草から上へ突き出して地形を見廻している様子だ。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「では話しますが」といいかけて、毬栗頭いがぐりあたまをむくりと持ち上げて主人の方をちょっとまぼしそうに見た。その眼は三角である。主人は頬をふくらまして朝日の煙を吹き出しながらちょっと横を向いた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)