月魄つきしろ)” の例文
早川の対岸に、空をくぎつて聳えてゐる、連山の輪廓を、ほの/″\とした月魄つきしろが、くつきりと浮き立たせてゐるのであつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
月魄つきしろ」といふ関西の酒造家の出してゐるカフヱの入口へ来た時、晴代は今更らさうした慣れない職業戦線に立つことに、ちよつと気怯きおくれがした。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
時に、有明ありあけのそらける夜鳥の声か。あるいは山家の牧童でも歌っていたのか、ふと古調ゆかしい一篇のうた月魄つきしろのどこからともなく聞えていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、近くの寺から響いて来る鐘に気がいて顔をあげた。十日ごろ月魄つきしろが池の西側の蘆の葉の上にあった。
おいてけ堀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
高山の奥の、こんな月魄つきしろの光の中では、平凡なことも詩のように美しく心を搏つのかもしれない。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夜、盛遠もりとお築土ついじの外で、月魄つきしろを眺めながら、落葉おちばを踏んで物思いに耽っている。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
波濤と潮沫しぶきの中に孤立してゐる岩山や、人影も無い海岸に打ち揚げられた難破船や、雲を透かして、まさに沈まんとしてゐる難破船を照らしてゐる、冷たい、蒼白い月魄つきしろに意味をもたせてゐた。
月魄つきしろのしろき夜さりの離れ雲麥たたく音の村にさびしさ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
早川の対岸に、空をくぎってそびえている、連山の輪廓りんかくを、ほの/″\とした月魄つきしろが、くっきりと浮き立たせているのであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あかい萩の裾模様すそもようのある曙染あけぼのぞめの小袖に白地錦の帯をしめた愛妾あいしょうのお糸の方が、金扇に月影をうつしながら月魄つきしろを舞っていると、御相伴の家中が控えた次ノ間の下座から
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
晴代の来たてには、その女もまだ「月魄つきしろ」に出てゐて、何うかすると物蔭で立話をしてゐたり、二人揃つて出勤することもあつたが、何時の間にか女は姿を消してしまつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
かれは、青白い月魄つきしろをあびて、鬼のように働いた。やがて柵にじて外へすべり出したかと思うと、世阿弥は、隠しておいた朽木を激流の岩にけて、飛沫しぶきのかかる丸木の上を這って渡った。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月魄つきしろのしろき夜さりの離れ雲麦たたく音の村にさびしさ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しかし構へを見ただけで、ちよつと怯気おぢけのつくやうな派手々々しい大カフヱも何うかと云ふ気もして、ちやうど「女給募集」の立看板の出てゐるのを力に、いきなり月魄つきしろへ飛びこんだ訳だつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
ほのめきふる月魄つきしろのうれひ沁みつつ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)