揚幕あげまく)” の例文
平次は近づいて死骸を起して、思はず息を呑みました、顏が揚幕あげまくの方へ向いて居るので斯うするより外に傷口を見る方法は無かつたのです。
揚幕あげまくへまわってみているといきなり入って来て、何だ、要ちゃん、何をみているんだ? ——というから、おやじが是非みて置けといったからみているんだ。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
勝手の障子をサラリとあけると、顎十郎、揚幕あげまくからでも出てくるような、気どったようすで現れてきて
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
幕はあがった。揚幕あげまくの霞をづる、玉にあやなす姿とともに、天人が見はるかす、松にかかった舞台の羽衣のにしきには、脈打つ血が通って、おお空の富士の雪に照栄てりはえた。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
春章がしばらくの図はたちばなもん染抜きたる花道の揚幕あげまくうしろにしてだいなる素袍すおうの両袖さなが蝙蝠こうもりつばさひろげたるが如き『しばらく』を真正面よりえがきしものにて、余はその意匠の奇抜なるに一驚せり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それぞれの見得みえ、幕引くと、九女八起上り合方あいかたよろしくあって、揚幕あげまくへ入る——
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
揚幕あげまくが上って、彼は、かけごえに迎えられて、花道をふんで行った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「小磯扇次は揚幕あげまくの蔭から顏を出して、浮氣心のお吉を誘つたのさ、その時種吉は土間を掃除して居たから知らない筈は無い」
仕丁 (揚幕あげまくうちにて——突拍子とっぴょうしなるさるの声)きゃッきゃッきゃッ。(すなわ面長つらなが老猿ふるざるの面をかぶり、水干すいかん烏帽子えぼし事触ことぶれに似たるなりにて——大根だいこん牛蒡ごぼう太人参ふとにんじん大蕪おおかぶら。 ...
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
揚幕あげまくの中からは猛烈な囃しの音、特に銅鑼どらを叩いている、五十恰好の親爺おやじは、妙にソワソワした様子で、首だけ出して水槽を覗いております。
とざした木戸を開けさして、真昼ながらなんとなく薄暗い小屋の中へ入ると、彫物師の雲龍斎又六は中二階の揚幕あげまくの蔭、ちょうど、普賢菩薩を見張るような位置に
揚幕あげまくの陰から、梯子を登つて行くのが、間違ひもなく死んだ仙八親方、——チラリと見えた柄が、仙八親方が死ぬ時着て居た赤いしまの入つた青いはかまで、間違ひの無い品でございました。