悠暢ゆうちょう)” の例文
これは風情じゃ……と居士も、巾着きんちゃくじめの煙草入の口を解いて、葡萄ぶどう栗鼠りす高彫たかぼりした銀煙管ぎせるで、悠暢ゆうちょうとしてうまそうにんでいました。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
円味をもったそでや、束髪そくはつなぞの流行はやって来た時世にあって考えると不思議なほど隔絶かけはなれている寛濶かんかつ悠暢ゆうちょうな昔の男女の姿や
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と忠告されたりしたことを思いあわせると、武蔵はこの先ともに、この二、三日のような悠暢ゆうちょうな日を持つことが、自分には大事であると考えた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんな時期じゃあない、断じてそんな悠暢ゆうちょうなときじゃあない」渡貫はせきこんだため言葉がつかえ、唇をめて、一語一語をゆっくりと云った
燕(つばくろ) (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
くわしい電報を打っておいたけれど、ちょうどいいあんばいに女が家にいるか、いないか分らない、とり分け気ばたらきのない、悠暢ゆうちょうな女のことであるから……もっともその
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
今は離れの一室にこもっているが笑われたくないとか、山田家でたてかえるとしても、悠暢ゆうちょうに遊ばせている金ではないとか、披露の式は都下の新聞紙にも掲載されるだろうから
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その後の科学の成行きを一目なりとのぞいてみたいなどと、悠暢ゆうちょうなことを考えているのだ。
と女は悠暢ゆうちょうなもので、電話でも完全に笑い合う。それから急に声を低めて
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
二階などに悠暢ゆうちょうに隠れているような、卑怯者は郷民にないかららしい。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「左様、夫婦にしては年が違う、兄妹にしては他人行儀なところがある、付人つきびと仲間ちゅうげん小者こものではない、どこの藩中という見当も、ちょっとつきかねる、そうかといって、ただの浪人にしては悠暢ゆうちょうな旅だ」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だが、地の利と、嶮岨けんその安全感から、この人々は、台風たいふう圏外けんがいにいる気もちで、至極、悠暢ゆうちょうにかまえこんでいたらしい。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悠暢ゆうちょうな気の長い女であることはよく知っているので、そのつもりで辛抱して待っていたがしまいには辛抱しきれなくなって、いいようのない不安の思いに悩まされているうちに
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
悠暢ゆうちょうなはなしだな」と高木が云った、「それで望みがありそうかね」
しじみ河岸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
例によつて例のごとき、掛け値と値ぎり倒しの悠暢ゆうちょうな対話である。そのうちに少年はふと、魚屋が何か答へては、そのたびに顔をわざとらしく伏せて、上眼づかひに盥の中を覗きこむのに気がついた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
しかもその使いは、ことさら華やかに装い、従者に麗しい日傘をかざさせて、いかにも悠暢ゆうちょうに、会宴の招待にゆく使いらしく櫓音も平和に漕いで行った。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それをまたの者も合点のように、石神様には発見した最初の男ひとりが悠暢ゆうちょうに待ちかまえて、以外の者は平日どおり、みな野良へ戻って、青々とした尺麦しゃくばくの鍬を持っているのであります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)