形迹けいせき)” の例文
〔譯〕一歴史れきし、皆形迹けいせきつたへて、情實じやうじつ或は傳らず。史を讀む者は、須らく形迹にいて以て情實をたづね出だすことを要すべし。
園田が今までそこらにいたらしい形迹けいせきもなかった。湯殿と物置きと台所口へ通じる廊下があるとしても、そこまで考える必要はなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この結婚は、名義からいえば、陸が矢川氏に嫁したのであるが、形迹けいせきから見れば、文一郎が壻入をしたようであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
むしろ干渉のみを事とした形迹けいせきがある。それにもかかわらず、わが文学は過去数年の間に著るしい発展をした。
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こういう信念が上代にあったらしい形迹けいせきは古典のどこにも見えていないし、現代における国家は家族とは全く性質の違ったものであることが何人にも明かに知られているからである。
古エジプトではアウと呼んだ形迹けいせきあり(ハウトンの『古博物学概覧』三〇頁)。
けれども、お勢ははじめより文三の人とりを知ッていねば、よし多少文三に心を動かした如き形迹けいせきあればとて、それは真に心を動かしていたではなく、只ほんの一時感染かぶれていたので有ッたろう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
笹村が渡す月謝や本の代が、そのころ甥のき込まれていた不良少年の仲間の飲食いのために浪費されるらしい形迹けいせきが、少しずつ笹村に解って来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
令嬢は礼義上から云っても、梅子の間断なき質問に応じない訳に行かなかった。けれども積極的に自分から梅子の心を動かそうとつとめた形迹けいせきほとんどなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人が会合すれば、いつも尊王攘夷の事を談じて慷慨かうがいし、所謂いはゆる万機一新の朝廷の措置に、やゝもすれば因循の形迹けいせきあらはれ、外国人が分外ぶんぐわいの尊敬を受けるのをあきたらぬことに思つた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そういう形迹けいせきが少しもないことをも考えねばなるまい。
自分がこう云うと、今度は兄の方がぐっと行きつまったような形迹けいせきを見せた。自分はここだと思って、わざと普通以上の力を、言葉のうちめながらこう云った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
就中なかんづく初子は亀千代の屋敷に往来した形迹けいせきがあるが、惜むらくは何事も伝はつてゐない。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
少なくともその形迹けいせきだけは芭蕉以後の正風争いと同価値に終るようになりはせぬかと思われます。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕はその形迹けいせきを失ってしまった。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お延は自分がかりそめにも津田を疑っているという形迹けいせきをお秀に示したくなかった。そうかと云って、何事も知らない風をよそおって、見す見すお秀から馬鹿にされるのはなおいやだった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)