当途あてど)” の例文
旧字:當途
発狂して親戚に預けられた呉服屋の若い亭主が、その子供を背に負うて何か言いながら、当途あてどもなく町を歩いていることであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ほかの者どもが当途あてどもなしにそこらの神社仏閣などを尋ね迷っている間に、最もおくれて館を出た彼が最も早く姫のゆくえを探し当てた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一生を終えるまで出ずにはすみはしまいかと——そんな当途あてどない、心安めを云い聴かせてまで生きているのが……。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
現在の学生生活の当途あてどのないつまらなさやそれぞれに落着かない青春の可憐な摸索やらが、みんな今度の事件に絡みあった後味となって影響をのこした。
杉子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
けれどサタンの誘惑はやって来た。私の当途あてどもない彷徨が餓えかつえる私を田舎いなかの小さい料理屋の前に導いたとき、私は一本のサイダーを求めようとした。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
宗助は腹の中で、昨夕ゆうべのように当途あてどもないかんがえふけって脳を疲らすより、いっそその道の書物でも借りて読む方が、要領を得る捷径ちかみちではなかろうかと思いついた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして彼は当途あてどもなく何処までもズンズン歩いていった。まるで天狗にかれたふうのように速く——。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
当途あてども無く」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
噛まれたきず摺創すりきず血塗ちまみれになりつつ、当途あてどもなく犬鎌を振り廻して騒ぎ立つ有様は、犬よりも人の方が狂い出したようであります。
今日きょう一日は山中に潜伏して、日の暮るるを待って里へ出る方が安全であろうと、ひもじい腹を抱えて当途あてども無しに彷徨さまようちに、彼はおおいなる谷川のほとりに出た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ダーリヤの妻から母になろうとする若い胸には、こう考えて来ると、いつも、永久に消え去る一条の煙の果を眺めるような当途あてどもない心持が湧くのであった。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
せっかくの好意で調ととのえてくれる金も、二三日にさんち木賃宿きちんやどで夜露をしのげば、すぐ無くなって、無くなった暁には、また当途あてどもなく流れ出さなければならないと、冥々めいめいのうちに自覚したからである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兵馬が最初の当途あてどもない甲武信の山入りを放擲ほうてきしたのと、お銀様と共に、その未だ知られざる温泉へ、発足しようと思い立ったのとは同時です。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
(向うを見る。)当途あてども無しに峰や谷間たにあいを駈けまわって、木の根や岩角にでもつまずくか、谷川へでも滑り落ちるか、飛んだ怪我でもしなさらねばよいが……。
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さりとて当途あてどもない尋ねもの、第一にその死骸が何処をどうして屋敷の屋根の上に投げ込まれたのか、それすら一向に見当のつかぬような始末で、われわれ甚だ困却しているが、そちらは商売柄
半七捕物帳:10 広重と河獺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)