床間とこのま)” の例文
かばんを置いたる床間とこのまに、山百合やまゆりの花のいと大きなるをただ一輪棒挿ぼうざしけたるが、茎形くきなりくねり傾きて、あたかも此方こなたに向へるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
古戦場を弔うような感想を生じてその一軒に入り、中食ちゅうじきを求め数多き一間に入って食いながら床間とこのまを見ると、鉄砂で黒く塗りいる。他の諸室をめぐるに皆同様なり。
と、あいふすまが開き、何かチロチロと入って来た。それは一匹の大いたちであって、さっ床間とこのまへ駈け上ると、壺と地図とを両手で抱え、それから後足で立ち上り、静かに隣部屋へ引返した。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三時の茶菓子おやつに、安藤坂あんどうざか紅谷べにや最中もなかを食べてから、母上を相手に、飯事ままごとの遊びをするかせぬうち、障子に映るきいろい夕陽の影の見る見る消えて、西風にしかぜの音、樹木に響き、座敷の床間とこのまの黒い壁が
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
しわす、つごもりの雪の夜に、なさけの宿を参らせた、貧家のふすまむしろの中に、旅僧が小判になっていたのじゃない。魔法妖術ようじゅつをつかうか知らん、お客が蝦蟆がまに変じた形で、ひょこんと床間とこのまに乗っている。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
床間とこのまには百合の花も在らず煌々こうこうたる燈火ともしびの下に座を設け、ぜんを据ゑてかたはら手焙てあぶりを置き、茶器食籠じきろうなど取揃とりそろへて、この一目さすがに旅のつかれを忘るべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
宵の程あつらへ置きし酒肴しゆこう床間とこのまに上げたるを持来もてきて、両箇ふたりが中に膳を据れば、男は手早くかんして、そのおのおの服をあらたむるせはしさは、たちまきぬり、帯の鳴る音高く綷※さやさやと乱れ合ひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)