居竦いすく)” の例文
かえって自分は針鼠のように居竦いすくまっている年頃である慧鶴は春、清水へ行き、そこの禅叢の衆寮へ入れてもらって、主に詩文の稽古をした。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
奥さんはそこに居竦いすくまったように、私の顔を見て黙っていました。その時私は突然奥さんの前へ手を突いて頭を下げました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ばばや権之助の人目を感じるので、彼女は居竦いすくんだまま、よけい身をちぢめたが、武蔵は誰が見ていることも忘れていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この頃めっきり衰弱した老鶏は、自分の体にわいた羽虫をせせる元気もなく、隅のほうにじっと居竦いすくんで白い目蓋を閉じたり明けたりするばかりである。
蛮人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二人は三階へ上る階段に立っていたが、主婦はその時、急に居竦いすくんで、松岡の手首をうしろから引いた。松岡は驚いて振りかえると、主婦は階段の下を指さした。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
一睨みで、虎をさえ居竦いすくませると言うではないか。(と恐怖に眼を覆い、たじろく)
このとき、一足なかに踏み込み、その光景をみるなり、ぼくは居竦いすくんでしまいました。こんのベレエぼうに紺のブレザァコオトを着た内田さんが、看護婦のように、あなたに寄りって慰めていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「あっ、お父さん」水を浴びたように、今までの狂態をまし、にわかに、穴へでも入りたいように、居竦いすくんでしまう。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊藤次郎は水を浴びたように、慄然りつぜん居竦いすくんだ。アラスカ漁夫の話——奴は船へ襲い掛って来ます。……という無気味な言葉が、まざまざと耳の底へ蘇えって来た。
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
居竦いすくまされるつらさに堪えないというふうにこそこそ料理道具の後片付けをしている。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
津の国人の矢羽と和泉の国人の矢羽とが、白と黒の羽をすれちがったところは、二人の距離のちょうど真中だった。悲しい矢さけびはあたりの春景色に不似合な、人の心を居竦いすくませる悲鳴をあげて過ぎた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そして、すばやく堂裏の暗がりに、嬰児あかごを抱いて居竦いすくんでいたお稲の手をとって、人ごみから闇へまぎれてしまった。
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
通胤は身をふるわせながら居竦いすくんでいたが、やがて悄然しょうぜんと立って自分の部屋へ去った。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今しも八面鉄刀に囲まれて、くも退くも出来ない危地に墜ちた二人の虚無僧は、居竦いすくみのまま、八、九本の切ッ先に五体蜂の巣とされるであろうと思われた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金吾はそこに居竦いすくんでいる腰元を見て苦笑し、手まねで給仕口から出てゆかせた。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
アッ——と市十郎は、居竦いすくんでしまい、奇妙な胴ぶるいが、ガタガタと骨を鳴らした。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたりに置いてある荷物はみなふすふすと煙をあげ、それが居竦いすくんでいる人々を焦がした。積んである石も、地面も、触っていられないほど熱くなり、水を掛けるとあらゆる物から湯気が立った。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とお延は動悸どうきを押さえながら、真ッ蒼になって居竦いすくんでいるところから云った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野火のび三次さんじは舌打をして居竦いすくまった。
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あっと、立てかけた膝を縮めて、三名は、居竦いすくんでしまった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)