堡塁ほうるい)” の例文
もし樹木も雑草も何も生えていないとすれば、東京市中の崖は切立った赤土の夕日を浴びる時なぞ宛然えんぜん堡塁ほうるいを望むが如き悲壮の観を示す。
中尉は、リエージュの周囲にいくつも並んでいる堡塁ほうるいの一つである、フレロン要塞の砲兵士官である。スタイルの素晴らしく水際立った、立派な士官である。
ゼラール中尉 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
応接間の長椅子や安楽椅子の重いのを、四人がかりで彼方此方へ動かしてつなぎ合せたり積み重ねたりして堡塁ほうるいや特火点を作り、空気銃を擬してそれを攻撃する。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
勝負ノ壇は、崖から谷のなだれへむかって、凸字形に築出つきだしてある武者足場の、小さい堡塁ほうるいなのである。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
室のなかほどに横たわりし新聞綴込とじこみ堡塁ほうるいを難なく乗り越え、真一文字に中将の椅子いすに攻め寄せて、水兵は右、振り分け髪は左、小山のごとき中将の膝を生けどり
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それら人のよい連中は、サン・サーンスやブラームスに立ちもどるのである——慰安を求めて、あらゆる芸術のブラームスに、主題の堡塁ほうるいに、無味乾燥な新古典主義に。
うわさに聞く御台場おだいば、五つの堡塁ほうるいから成るその建造物はすでに工事を終わって、沖合いの方に遠く近く姿をあらわしていた。大森おおもりの海岸まで行って、半蔵はハッとした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下手、一段高き石畳の縁には、銃眼のあいた低い堡塁ほうるい。堡塁の傍らに、旗竿を立て、黄色の地に、白の半月と赤い星を抱き合わせに染め抜いた、札荅蘭ジャダラン族の旗が掲げてある。
運転手が朴訥ぼくとつな口調で説明してくれる、堡塁ほうるいやジグザグの攻撃路などが、一々丹念に復元されてゐて、廃墟といふより、何か精巧な模型の上でも歩いてゐるやうに空々しい。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
その並木の一本一本を中心にして三方に、四五メートル高さの堡塁ほうるいのように死骸が積重ねて在って、西の方の地平線、ヴェルダンに向った方向だけがU字型に展開されているのであった。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
四合目となると、室も今までのように木造でなく、石を積み重ねた堡塁ほうるい式の石室となる。海抜二千四百五十米、寒暖計六十二度、ここで大宮口の旧道と、一つになるのだと強力ごうりきはいう。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それは七月革命のときのこと、あの世にもかがやかしい勝利の日の夕暮だったのです。一軒いっけん一軒の家が城砦じょうさいとなり、一つ一つの窓が堡塁ほうるいとなっていました。民衆はチュイルリー宮へ向って突進とっしんしました。
やがて定刻間近く檸檬シトロン夾竹桃ロオリエ・ロオズにおおわれたるボロン山の堡塁ほうるいより、漆を塗ったるがごとき南方あい中空なかぞらめがけて、加農砲キャノン一発、轟然どうんとぶっ放せば、駿馬しゅんめをつなぎたる花馬車、宝石にもまごう花自動車
わしの店は、まるで難攻不落なんこうふらく堡塁ほうるいのようなもんだからな。
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
各所に堡塁ほうるいを築いてみずから守らせた。
その三度目の逃亡の時に……今朝けさです……ヴェルダンのX型堡塁ほうるい前の第一線の後方二十米突メートルの処の、夜明け前の暗黒くらやみの中で、このこむらを上官から撃たれたのです……この包を妻に渡さない間は
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、それを廻覧板に清書して、諸所の堡塁ほうるいへ廻せといいつけた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)