“嗟乎(ああ)” の例文
では諸君は遺書だけが発見されて、偉大なる風博士自体は杳(よう)として紛失したことも御存知ないであろうか? ない。嗟乎(ああ)。
風博士 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
彼の持(も)たるダイアモンドはさせる大いなる者ならざれど、その棄去りし人の誠は量無(はかりな)きものなりしが、嗟乎(ああ)、今何処(いづこ)に在りや。その嘗(かつ)て誠を恵みし手は冷(ひやや)かに残れり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
秦の商鞅(しょうおう)は自分の制定した法律のために関下(かんか)に舎(やど)せられず、「嗟乎(ああ)法を為(つく)るの弊一(いつ)に此(ここ)に至るか」
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
かの infinite longing ですらこれを叙述する時には単に吁(ああ)とか嗟乎(ああ)では云いつくせないので、不足ながら客観的形相をかりてこれを髣髴(ほうふつ)させようとするのであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
予ヲ視(み)テ外人ト為(な)シ啼泣(ていきゅう)シテ止(や)マズ。留ルコト三日ニシテ乃チ発ス。八月登米県ニ赴任ス。一家東西相隔ツルコト二千余里。汝今茲(こんじ)庚午六月二十五日ヲ以テ殤(しょう)ス。訃(ふ)ハ八月十四日ヲ以テ至ル。嗟乎(ああ)。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人(ひと)或(あるひ)は其書(そのしよ)を傳(つた)へて秦(しん)に至(いた)る。秦王(しんわう)、孤憤(こふん)・五蠧(ごと)の書(しよ)を見(み)て曰(いは)く、『嗟乎(ああ)寡人(くわじん)、此人(このひと)を見(み)之(これ)と遊(あそ)ぶを得(え)ば、死(し)すとも恨(うら)みじ』と。李斯(りし)曰(いは)く、『此(こ)れ韓非(かんぴ)の著(あら)はす所(ところ)の書(しよ)也(なり)』と。秦(しん)因(よ)つて急(きふ)に韓(かん)を攻(せ)む。
嗟乎(ああ)。では諸君は僕が其筋(そのすじ)の嫌疑のために並々ならぬ困難を感じてゐることも御存知ないのであらうか? 於戯(ああ)。では諸君は僕が偉大なる風博士の愛弟子であつたことも御存じあるまい。
風博士 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
嗟乎(ああ)、おのれもこの身の上を願ひに願ひし余(あまり)に、再び得難き恋人を棄てにしよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
嗟乎(ああ)、然し、何に就(つ)けても苦(くるし)い世の中だ!
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)