唇元くちもと)” の例文
きかぬ気らしい張りのある眼や、唇元くちもとや、背の高い、つんとした貴族的な態度までが、路子の言葉を裏づけているような気さえした。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分の膝に、姫の顔をのせて、琅玕ろうかんのようにきとおっているそのおもてと、呼吸をしていない紅梅のような唇元くちもとを見て、四郎はいった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すっかり禿げ上った白髪を総髪に垂らして、ひたいに年の波、鼻たかく、せた唇元くちもとに、和らぎのある、上品な、六十あまりの老人だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と云ううちに立上った和尚の物すごい眼尻に引かえて、唇元くちもとの微かな薄笑いが、裸体はだか蝋燭の光りにチラリと映ったのを銀之丞は見逃がさなかった。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その唇元くちもとで、準之助は、やっとこの女性は、新子の姉妹であると思い当った。かれも初めて、親しい笑いをもらして、軽く一礼した。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と、口に出していって、不敵な微笑を唇元くちもとに浮べたが、しかしいつかまた、かすかな縦皺たてじわが、美しい眉根の間に蔭をつくった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
弦之丞は動じない唇元くちもとでつぶやいたが、さすがに、事ここまで運んできながら、ついに、秘帖を手に見ない落胆のかげはどこかにさびしい。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きかない気性は大きな唇元くちもとにあらわれているし、武士らしい睨みは、ややくぼんでいる眼と、毛のこわい眉毛まゆげにあり余っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惜気もなく、前に出された裸の脚に、美沢は、ふーっと瞼や唇元くちもとを、温い風に吹かれたような気持で
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
おおい得ない喜悦が眼にも溢れ唇元くちもとにもただよい出した。いかなる秘事の成功をこう歓ぶのか。彼はじっとしていられないように肩を揺すぶった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれの正視に対して、越前守もまた眼をそらさず、その唇元くちもとを見ていた。ふたりの眸と眸とは、たがいに涙を克服して、意志と信念に燃えていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無遠慮に炬燵こたつのなかへ手を差しこみ、蒲団ふとんの上にあごをのせて、むさぼる如くお蝶の目元、唇元くちもと襟元えりもとの白さなどを、め廻すように見ておりましたが
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、光秀は、顔から頭に巻いているきれを一そう深くつつみなおして、ほんの眉と唇元くちもとだけを見せて振り向いた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
面貌おもては深い熊谷笠くまがいがさに隠して唇元くちもとも見せないが、鉄納戸てつなんどの紋服を着た肩幅広く、石織の帯に大鍔の大小を手挟たばさみ、菖蒲革しょうぶがわの足袋に草履がけの音をぬすませ、ひたひたと一巡りしてから
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ、その美人が、おそろしい鬼女に見える点は、笑っている唇元くちもとだけにあった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここに参じては去る将星たちの唇元くちもとにも、何やら厳しいものが結ばれていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にこやかな唇元くちもとと、心の奥を見透みすかすような眼とを持って、武蔵は立った。小次郎もまた、笑みを持ってそれに応えようとしたが、意思と反対に、顔の筋は妙に硬ばってしまって、笑えなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてここには、お下げ髪の美しい娘がいた。ぼくよりも年上だが、ぼくはその少女が好きであった。讃美歌の合唱の時、少女の唇元くちもとを見ながら共に歌っていると何ともいえない愉しさにくるまれた。
萩乃は、黒い糸切歯を、ちらとんだ唇元くちもとから見せて
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美童は、ってを点じたような唇元くちもと
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ微かに苦笑を唇元くちもとにながして
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)